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残部僅少

1 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 01:58:18
( ´_ゝ`) とかなんとか。

      前 ttp://ex20.2ch.net/test/read.cgi/wall/1123488570/

2 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:03:19
( ´_ゝ`) そういえば自スレって初めてだわ…

3 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:07:55
( ´_ゝ`) 埋めがてら、三月のことを振り返ってみます。
      先月は、月の初めに祖母が死去したのがやっぱり大きな事件で。
      長患いの果てに、残りの日々を少しずつ少しずつ削るようにして
      衰弱していく様は、もうなんともはや。

4 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:08:05
'[wall]_
( ・_・) スレ建て乙&初自スレおめ!

5 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:10:53
( ´_ゝ`) いや、いきなり暗い話を始めてしまった。まあいいか。
      ひとの誕生を待つ間は、何をするにつけ喜ばしいように思えるのに、
      ひとの、特に近しいひとの死を待つ間は、何をするにつけ
      後ろめたさを感じてしまうのはなぜなんでしょうか。
      日常の業の成功と喜びを、そのひとの死を掛金にした取引によって
      掠めとってくるような気がするのです。なんとなく。

6 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:13:03
>>4
( ´_ゝ`) メルシー。スレ立てるの自体、久しぶりでした。緊張したw

7 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:20:12
( ´_ゝ`) このまま話を続けると、こういうときには、自分の傷を掛金にして、
      今度は他人と同情をめぐって取引をしたくなったりもします。
      要は、慰めが欲しくなったりする、と。でも、こういうことは
      やってはいけないことなのではないか、と逡巡したりもします。
      第一、他人の人生と死を自分の所有物であるかのように思っている。
      ひとは他人の人生を欲することがありますが、ここではその死さえ
      奪いとろうとしている。それからまた、こんどは奪い取って自らの傷
      とした他人の死を差し出して、また別の他人に欲せられようとする。

8 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:21:45
'[wall]_
( ・_・) >>3
     おいたわしや

     昨夜、芯だおやじが夢に出てきやがった。
     夢の中で、おふくろの所に行って、「かーちゃん、とーちゃんが志にそーだ!」
     と言ってるところで目が覚めた。

     >おやじ おまえはもう芯で居る。
     もう、夢にも出て来ないでくれ、頼むから。
     (-人ー)ナマンダブ,ナマンダブ,ナマンダブ

9 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:27:43
'[wall]_
( ・_・) >>7
     またまた勘違いで、スレの主旨に添わない事をかいてしまったようで、
     ご無礼、平にお許しを-(_ _)-ペチャ(潰)

10 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:32:41
( ´_ゝ`) ああ、気にされなくてもいいのですw

11 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 02:53:34
( ´_ゝ`) ローマの兵士に家族を皆殺しにされたストア派の哲学者は、
      自分はなにも奪われてはいない、そもそも何も持ってはいなかったからだ、
      と答えたという話を聞いたことがあります。他人の死を所有しないことが
      ここでは言われているわけです。従って、ストアが主張したアパテイア、
      すなわち不動心とは、ここでは無所有によってなにごとも取引しないと
      固く誓うことを意味しています。

12 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 03:05:27
( ´_ゝ`) これは確かに死者に対する同情の欠如なのですが、
      彼らは同情心と羨望とを同一視していました。これが気になるところです。
      哀れみとは、他人の苦しみによって惹起される自分自身の苦しみであり、
      どこか裏返った自己愛を思わせる、というわけです。
      彼らは、なぜわれわれは哀れみを持たずに親切であることはできないのか、
      と問いかけています。もっと言えば、哀れみ、同情心によってしか、
      死者のことを思うことはできないのか、ということでしょうか。

13 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 03:12:47
( ´_ゝ`) 死者をして死者を葬らしめよ、という言葉を思い出しました。
      どうしても、家族であればなおさらのこと、これは難しいことに感じます。
      細い呼吸をなんとかつなごうとのどを鳴らしていたひとが死に、
      そのまぶたを手で押さえ、経帷子を着せ棺桶に入れ、焼けば白い骨の
      かけらが残り、それも墓穴の底の暗がりにしまい込まれ、手元には白木の
      位牌が、やがて塗りの位牌に代わり、だんだんと祭壇も小さくなって、
      死者を直接おもわせるものは徐々に遠くに追いやられていきます。

14 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 03:19:47
( ´_ゝ`) 最初に手元にあった肉体と、最後に手元に残った木っ端切れの間を考えると、
      はるかな遠さの感覚だけが浮き上がって来るというわけで。
      しかし、この程度の木っ端切れであればこそ、あのひととの距離を
      近過ぎもせず、逆に遠過ぎもせずに保つことができるのかもしれない。
      所有することもなく、しかし思い出すことも可能という…

15 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 03:34:57
( ´_ゝ`) くれー。なんだこの暗さ。もう止めじゃ。

16 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/02(月) 03:56:02
( ´_ゝ`) ああ、でもこれも無下にはできない…ということでメモ。

      姉の死後まもないころ、ある晩プレスブルクで、私はふだんよりもっと途方に
      暮れた気持ちで家に帰った。私は姉をとても愛していた。彼女の死が度を越して
      私を哀しませたと言い張るつもりはない。激しく心を揺さぶられるには、あまりに
      思い悩んでいた。苦悩は私たちをエゴイストにする。なぜなら苦悩は、私たちを
      すっかり吸い込んでしまうからだ。苦悩が憐憫を教えてくれるのはもっとあと、
      それが思い出になったときでしかない。 ――― ユルスナール『アレクシス』

17 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/03(火) 20:16:03
( ´_ゝ`) 書見台購入。エレコムのやつ、分厚い本も挟めて非常によいです。
      パソコン使いながら本よむと、首が疲れるし手が塞がるから欲しかった。
      惜しむらくは、スタンドの幅が広いので結構な場所とるってことか。
      安定性かんがえると仕方ないのでしょうが…
      カーソール付きのデータホルダー、あれもあると便利だろうなあ。

18 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 00:17:05
余計なお世話か、とも思いましたが、勝手に貼っときます。

【過去スレ】

壁板、独り言(つぶやき)潜水スレッド
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/wall/1002907678/

19 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 01:19:14
( ´_ゝ`) Water, is taught by thirst.    水は、乾きが
      Land -- by the Oceans passed.  大地は…越えて来た海が
      Transport -- by throe --     恍惚は…苦痛が…
      Peace -- by its battles told --   平和は…戦いの物語が…
      Love, by Memorial Mold --    愛は、その記念碑が…
      Birds, by the Snow.        鳥たちは、雪が教えてくれる
                         ---Emily Dickinson

20 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 01:20:22
>>18
( ´_ゝ`) おおお、ありがとうございます。
      そうか、こんなんもあったなー。

21 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 21:03:56
( ´_ゝ`) 以前、ユルスナールの『アレクシス』について感想を書いたことがありました。
      そのとき、「嘘に他ならない告白、告白に他ならない嘘」というフレーズを、
      激しい情念のために語り手が自分自身を裏切るという事態を表現するために
      使ったような気がしますが、これは『アレクシス』に次いで書かれた
      短編『とどめの一撃』の序文解説で、ユルスナール自身が用いていたのを
      援用したものでした。一次大戦直後のリトアニアを舞台にした古典的情念劇
      『とどめの一撃』も、前著同様に一人称の告白小説になっていて、
      それがために告白をまともに受け取ることができない、読み手に裏読みを
      誘うような書き方になっています。古典的であるというのは、この作品が
      手法的にコルネイユやラシーヌの時代の作劇が従っていた三一致の法則
      (時間・場所・筋の一致)に則っていることからだけでなく、
      告白している本人が、互いに互いを裏切り合うだろう明晰さと情念を
      兼ね備えているからだ。ということを彼女は書いています。
      なるほど、感情の高ぶりが狂気に至るときに、同時にそれを冷静に分析し尽くす
      理性が伴って来るから、ある意味では非常に残酷な悲劇になっている。
      狂気に飲み込まれた方が楽ちゃあ楽なんでしょうが、それができないから緊張する。
      こういう引き裂かれたところが、彼女の初期の短編二作には見られる気がします。

22 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 21:27:20
( ´_ゝ`) あ、リトアニアじゃなくてラトビアでした。
      ラトビア西部クールラントでの反ボルシェヴィキ闘争が、物語の背景です。
      この土地は、中世以来ドイツ騎士団領だったため、多くのドイツ系住民がいました。
      物語の主人公もそのなかの一人です。後にナチの軍隊に加わった彼が、回顧談として
      語る話、という体裁を取っている。
      さて、悲劇の緊張は、彼の幼なじみの女性が、彼に対して情熱的な愛情を
      注ぐにも関わらず、極めて冷淡に、ほとんどそれが快感であるかのように、
      男性が拒絶を繰り返すことで高まります。しかも、拒絶はしていながらも
      彼は女性を独占してもいたい。なんというか、生殺し状態でしょうか。
      軍事拠点となっている城館という限られた空間のなかでこういう状態になれば、
      いつかはその糸が切れるところまで行くわけですが、最終的に彼女は
      赤軍側に寝返ります。それまでの愛情と裏返しなんでしょうか、というよりは、
      かつて愛があったことを証しするためでしょうか、彼は彼女を処刑します。
      許すのではなくて、裏切りを裏切りとして認めることで、
      それが裏返される前のこと、つまり、かつては同志であったこと、
      愛情を持っていたことを証明することができるわけです。

23 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/04(水) 21:46:52
( ´_ゝ`) しかし、主人公の男性自身は、この証明が贋物だと思う。
      彼は彼女に依頼されて処刑するのですが、つまりその処刑は彼に愛の徴を
      与えるためではなく、実は単に悔いを残すという復讐のために依頼された。
      と、こう考えるわけです。そして、こう言う。
      「相手があのような女では、いつも罠にはまってしまうものだ。」
      このひとことをどう取るか、様々に受け取れるのでしょうが、難しいところです。
      復讐ということを全面に押し出すことで、彼は彼女を愛していたわけではない、
      いついかなるときでも心を許したわけではない、と言い訳することができる、
      とも受け取れます。愛による殺人よりは復讐の罠にはまったと取る方が
      心は休まる、というわけです。しかし、それではこの悔いは何に対する悔いなのか?
      憎しみには憎しみで応えることができるから、愛するよりは楽なのでしょうが、
      そこでは悔いなど残るはずもない。とするなら、やはり、処刑を愛の証ととることに
      対して、それを自分に許してはならないと思う倫理の現れなのでしょうか。
      いささか韜晦めいた口調ではありますが。
      この手の裏読みは、読み手の側もある種の試練に曝されますね。

24 :しだれ:2007/04/05(木) 23:26:28
作品を読んでもいないのにここの感想だけ読んだ上で書かせてもらうと、
自分に対する皮肉を内面に秘め悩みにするよりも、
寧ろ言葉にして吐き出すことで一種の念と決別すると言いますか、
そういった類の物ではないでしょうか?
台詞一つの裏の裏ではなく、序章にその文面を取るという事は、
大筋に対してもう少し読み解くところが有ったのではないかと疑問に感じます。

25 :しだれ:2007/04/05(木) 23:28:12
小生意気な事を言ってすいません、それとはじめまして(´∀`*)

26 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/06(金) 01:38:32
( ´_ゝ`) や、どうもはじめまして。よしなにー。

      うーん、「決別」ですか…。僕が読んだ限りでは、この男性の告白には
      きっぱりケリつけたぜ!的なところが見られない感じがしました。
      話したからといって、あんまり救われてないよなあ、という。
      この感じが、実は「大筋」に対するものなので、個々の告白の言明についても、
      そういうケリつけがたさから来る嘘を予想しなければならなくなったわけです。
      自分に真摯であろうとしてもしがたいから、告白と嘘が混ざり合う、と。
      そして、彼自身そのことに気づいているから、皮肉っぽくなる、と。
      告白を始めた動機に関して言えば、「決別」を考えていなかったとは言えませんが、
      結果的にはあんまり巧く行きませんでしたね。って感じかしらん…

27 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/06(金) 01:43:15
( ´_ゝ`)っ旦 あれまあ、茶も出さずに失礼をば。

28 :しだれ:2007/04/06(金) 04:53:13
(´∀`*)っ旦 のんだー!
きっぱり出来る人は元々この展開にならないとも言える訳で。
それほど的外れなレスではなかったようなのでホッとしました。
正直勢いで書いたものの、作品読んでから書けば良かったと思った。

29 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/06(金) 22:45:35
( ´_ゝ`) うむ、岩波文庫に入ってるんで、お暇でしたら読んでみて下され。
      白水社からは『ユルスナール・セレクション』っていうのも出てます。
      装丁がきれいなのだ。

30 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/06(金) 23:08:55
( ´_ゝ`) メモ:W. Basinski, disintegration loop 1.1
      ttp://projects.design.ucla.edu/freewaves/freewaves02/basinskidisintigration.mov
      なんと全編みれる。
      ttp://www.youtube.com/watch?v=JexYeskbRzk
      ようつべにも出てた。おやおや。

31 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/07(土) 01:30:47
( ´_ゝ`) うああっ、鬼平犯科帳スペシャル見逃したぁぁぁぁあーーーーーー!!!!!!

32 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/07(土) 18:42:28
( ´_ゝ`) ううう。
      ttp://www.zoo-berlin.de/en/experience/young-animals/ice-bear-knut.html
      ttp://www.youtube.com/watch?v=epUk3T2Kfno

33 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/04/08(日) 23:31:22
(´∀`*)っ旦 おかわり!

34 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/09(月) 19:46:49

    (   (
        ( (   (. )
         . -‐ ) ‐- .
       .´,.::::;;:... . . _  `.
       i ヾ<:;_   _,.ン |
       l      ̄...:;:彡|
        }  . . ...::::;:;;;;;彡{
       i   . . ...:::;;;;;彡|∧ ∧
       }   . .....:::;::;:;;;;彡{ ´_ゝ`) たんとおあがり。
        !,    . .:.::;:;;;彡   と:.......
        ト ,  . ..,:;:;:=:彳:―u'::::::::::::::::::::::::::..
        ヽ、.. ....::::;;;ジ.::::::::::::::::::::::

35 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/09(月) 19:51:36
( ´_ゝ`) ttp://www.arttowermito.or.jp/natsutobira/natsutobiraj.html
      ttp://www.nmwa.go.jp/jp/html/collection.html#c061201
      ttp://www.leonardo2007.jp/
      まとめてやっつけにけり、花咲く水戸と散るらむ上野にて。

36 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/09(月) 20:10:38
( ´_ゝ`) 水戸芸術館は「みとげい」と略するそうな。
      ちなみに茨城大は略称「いばだい」だそうです。むむ。
      略称「西美」は15、6世紀のイタリア版画をまとめて展示してて、これはよかった。
      あんまり見物客いなかったんで、顔をくっつけるぐらいまで近づけて、
      細部までとっくり観察できました。比較のため、デューラーなんかも架かってて。
      むかし、プラ板をニードルで削って版画つくったのを思い出しました。

37 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/10(火) 23:09:29
( ´_ゝ`) 壁のトップに変なバナー貼ってあるな…と思ってあらためて見たら、
      ザインではないか。また名前が変わっとる。そして羽振りがよさそうだ。
      むかしは定期的にオカ板にスレ立ったなー、この団体。

38 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/10(火) 23:37:00
( ´_ゝ`) メモ:ttp://www.youtube.com/watch?v=GavUt8FZMnk

39 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/11(水) 22:54:57
( ´_ゝ`) ちょっといい小話の作り方。サミュエル・ベケットの修行時代。

      ベケットは授業で話す内容ばかりか、エスポジト夫人のしゃれた名文句を
      聞きたくて、イタリア語の授業を心待ちにしていた。彼女はイタリア語だけでなく
      英語でも、とても洗練された、警句のような名文句を作る才能があったので、
      ベケットはそれがおもしろくてたまらなかった。
      「ダンテと海ざりがに」[ベケットの処女小説『蹴り損の棘もうけ』の一遍]で、
      授業を中断されたあとでベラックワ[本編の主人公]がイタリア語の先生に
      「ぼくたち、どこまでいきましたかね?」と尋ねると、
      オットレンギ夫人は、いかにもビアンカ・エスポジトなら
      言いそうな説得力のある答えを当意即妙に返す。
      「どこへいくはずもないわ……昔のままよ」。  ―――ノウルソン『ベケット伝』

40 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/12(木) 22:46:46
( ´_ゝ`) 手術跡が痛い。とても痛い。何年たっても痛いときは痛い。

41 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/04/13(金) 05:49:55
(´∀`*)っ旦 のんだー!

42 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 17:04:53
( ´_ゝ`) はい、お粗末様でしたw

43 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 17:15:02
( ´_ゝ`) ちょっと本気で痛い、服が擦れるだけでも痛いんで、病院に行ってみた。
      帯状疱疹との診断。おお。手術した跡から走る神経上に、疱疹ができていた。
      
      「一度水痘になると、例え水痘が治癒しても水痘のウイルスが神経節の中に
       潜伏している状態が続く。ストレスや心労、老齢、抗がん剤治療・日光等の
       刺激によって、ウイルスが神経細胞を取り囲んでいるサテライト細胞の中で、
       再度増殖する(再活性化する)ことによって生じるのが帯状疱疹である
       (余談だが、潜伏状態自体に害はない)。」 ――― Wikipedia

       ストレスと心労って同じものじゃないのかしら。
       心労もさることながら、>>35のが堪えたかなー。

44 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 17:27:27
( ´_ゝ`) ttp://www.salvastyle.com/menu_renaissance/bosch_anthony.html
      ボッシュ『聖アントニウスの誘惑』に関する対話。

     「そもそも、この絵はリスボンのアントニウス会の病院に掛けられていたものです、
      画家は言った。そこは皮膚病患者が収容される施設でした。病気の大半は性病と、
      恐ろしい「聖アントニウスの炎」でした。伝染性の丹毒の一種のことを昔はそう
      呼んでいたのです。田舎の人間はいまでもそう呼んでいます。周期的に発症する、
      非常に恐ろしい病気です。患部には気持ちの悪い水泡がいっぱいできて、大変な
      痛みをともないます。でも、現在ではこの病気はもっと学術的な呼び名をもって
      います。その正体はウイルスで、「帯状疱疹」と呼ばれています。(……)
      とても不思議なウイルスでしてね、模写画家は言った。どうやらだれもが休眠状態
      のウイルスを体内に持っているらしく、人体の防御機能が弱まるとあらわれるの
      です。そして、すさまじい勢いでおそいかかる。かと思えば、また休眠してという
      具合に、周期的に猛威をふるいます。わたしはよく、こんな風に思うのです。
      帯状疱疹というのはどこか悔恨の気持ちに似ているとね。わたしたちのなかで
      眠っていたものが、ある日にわかに目をさまし、わたしたちを責めさいなむ。
      そして、わたしたちがそれを手なづけるすべを身につけることによって、
      ふたたび眠りにつく。でも、けっしてわたしたちのなかから去ることはない。
      悔恨に対してわたしたちは無力なのです。」 ―――タブッキ『レクイエム』

45 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 17:44:00
( ´_ゝ`) でも、「聖アントニウスの火」というのは、実際には「麦角症」という
      別の病気のことなんだそうですが。事実誤認か、意図的な間違いか、
      はたまた訳語の問題か…。
      ボッシュの絵もそうですが、「聖アントニウスの火に焼かれた」、
      つまりこの病気に罹患したひとたちはアントニウス会の修道院で治療を受け、
      こうした絵の前で祈りを捧げたそうです。マティアス・グリューネヴァルトの
      ttp://www.salvastyle.com/menu_renaissance/grunewald_isenheim.html
      もそのひとつだそうです。

46 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 19:22:21
( ´_ゝ`) 安らかに。
      ttp://www.youtube.com/watch?v=atABhlMLYvU

47 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 22:14:31
'[wall]_
( ・_・) >>46
     お亡くなりになったんですね。
     「プレーヤーピアノ」や「スローターハウス5」など思い出深い作品がたくさんあります。
     御冥福をお祈りします。(-人-)

48 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/13(金) 22:27:17
'[wall]_
( ・_・) 「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」って、彼の作品でしたっけ?
     どうにも、難解なものだったので、書架の肥やしにしてしまったのですが、
     もう一度読んでみますかね?
     といっても、本は、数年前に引っ越したときにダンボール箱に押し込んだまま、
     今、どこにあるのやら、なんですが。(汗

49 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/14(土) 14:13:28


50 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/15(日) 01:50:05
( ´_ゝ`) そうです。実は拙者、『ローズウォーターさん』未読です。
      みごとに積ん読になってる彼の伝記があるんですけど、エピグラムに
      『ローズウォーターさん』の原文があって、いい感じなので引用して適当訳。

      Hello, babies. Welcome to Earth. It's hot in the summer and cold
      in the wintter. It's round and wet and crowded. At the outside, babies,
      you've got about a hundred years here. There's only one rule
      that I know of, babies ---:
      " God damn it, you've got to be kind."

      いよ、赤ちゃん。地球へようこそ。ここは夏は暑く、冬は寒い。
      まんまるで、濡れてて、ごちゃごちゃしてる所だよ。なあ、赤ちゃん。
      多く見積もっても、君らここじゃ百年ぐらいしか過ごせんのだ。
      そんでな、僕の知ってる唯一のルールがあるんだけどさ、赤ちゃん。
     「なんちゅうこっちゃって感じだけど、まあ親切でなけりゃならんわけです」

51 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/15(日) 01:56:48
( ´_ゝ`) 親切でなけりゃならんわけです。そう思います。

      『スローターハウス5』で、ドレスデン空爆のあと、
      はみが食い込んで口から血を流してる馬をみて
      焼け跡でぽろぽろ主人公が涙ながす場面が好きです。

52 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/16(月) 00:12:28
( ´_ゝ`) 一回お休み。

53 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/16(月) 20:43:11
( ´_ゝ`) 薬つよすぎて頭ぼーっとする。こまったこまった。

54 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/17(火) 00:23:06
( ´_ゝ`) 戦時中、敵性語を使ってはならんというお達しが出て、野球なんかでも
      「ストライク!」を「よーし、一本!」式に妙ちきりんな置き換えをやったあげく、
      締まりのないこと夥しかった云々という話があります。このあいだ、堀田善衛の
      『若き日の詩人たちの肖像』という自伝小説を読んでいたら、この置き換えを
      やったのが堀田さんご自身とその従兄であったと書いてあって、茶を吹きました。
      まあ、ほんとうなのかどうか知りませんが、えらいことでもあんまり屈託なく
      さらっと書いてしまうひとなので、ほんとなのかな、と思います。
      この小説のタイトルにある「詩人」というのは、鮎川信夫とか田村隆一のような、
      戦後になって日本の現代詩を牽引することになる「荒地派」の同人を主として、
      東京周辺に集っていた文学青年たちを指しています。作中では、みんな
      本名ではなくてあだ名で呼ばれているので、誰が誰やらすぐには分かりませんが、
      気が向いて調べてみると、なんとまあ世の中狭いこと、という感じがしてきます。
      戦前に文学をやるような人間は、それこそみんな知り合いか知り合いの知り合い…
      というように、数も限られていたということなんでしょうね。この本には、
      そういう友人たちが、新宿のバーで飲んだくれ、エリオットがどうした、
      伊勢物語がどうしたとやっているうちに、ひとり、またひとりといなくなって
      いく様を描いています。学徒動員で、治安維持法違反で、引っこ抜かれていく。
      戦争に行く友人を見送った夜、「冬の皇帝」こと田村隆一はこう叫びます。
     「アガサ・クリスティにな、”And then there were none.” かくて誰もいなくなった、
      って探偵小説があるんだ。いまにそうなるぜ、そうなったら面白いぜ!」

55 :しだれ:2007/04/17(火) 10:07:16
そう考えていくと貴方も私も実はとっても近い所に居るってことを再認識するよネ(´∀`*)

56 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/17(火) 23:43:40
( ´_ゝ`) ははあ、そうなりますか。
      袖振り合うもうんじゃらげ、と植木等も言ってましたしな。

57 :しだれ:2007/04/18(水) 01:26:29
もうんじゃらけって何かとオモタw(´∀`*)

58 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/19(木) 00:13:59
( ´_ゝ`) ttp://www.blackbook.jp/
      明日こそ忘れず見に行く。カリスたん、ハァハァ。

59 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/19(木) 20:37:44
'[wall]_
( ・_・) 【オカルト】「猫見え」で見つけた。

810 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2007/04/11(水) 22:44:57 ID:Ex4mXPkv0
ttp://img.dailymail.co.uk/i/pix/2007/04_01/TravelingCatNTI_468x376.jpg

英国でバス通勤をするオスネコが話題になっている。

この白いネコは片目が青く、片目が緑色で紫色の首輪をしている。
ウォールソール発ウルヴァーハンプトン行の331番路線のバスに、週に何回か同じ停留所から乗り込み、
400mほど離れた次の停留所で降りていく。

乗り込む停留所は50年代に建てられたセミデタッチハウスが建ち並ぶ一画にあり、降りる停留所の一帯はフィシュ&チップスなどの店が建ち並んでいる。
バスの運転手はこのネコに、T.S.エリオットの詩に登場する謎のネコにちなんでマキャビティと名付けた。
ttp://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/news.html?in_article_id=447527&in_page_id=1770
ttp://tokyo.txt-nifty.com/fukublog/2007/04/post_8643.html

60 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/20(金) 00:18:25
( ´_ゝ`) わぉ、オッドアイですね。かあいいなあー。
      首輪してるってことは飼い猫なんでしょうけど、二軒くらい家がありそうだな。
      出張とか言って愛猫のとこにしけこんでるに違いないわ、きぃぃぃっ!

      劇団四季の画像さがしたけど、ちょうどいいのなかった…

61 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 00:13:04
( ´_ゝ`)  内省的な青年たちと戦争という外的状況との間に成立した関係は、行動によって
       外的状況に働きかけるというものではなく、その内省性を変容させていくこと、
       言い換えれば、常ならず移ろう脆さと、それがもたらす危機をその特徴とする
       人間の行動の領域に「真理」の現れを見るということだったかもしれません。
       おのれ一個の力によっては抗し難い圧倒的な力によって激しく傷ついた彼らの
       生活は、壊滅的な現実に意味を見出そうとして、歴史の終局に到達すべき
       目標を見ようとしました。目標さえ見えていれば、自分や近しい者たちの死も、
       意義あるものであったと納得することができるからです。これは彼らが、
       なお思考や言葉に賭けていたことを示してはいます。しかし、彼らが自らの
       思考によって引き受けた危機は、現実の歴史に意味を与える言葉の優位性よりも、
       意味が後から付与されざるをえない現実の歴史がもつ脆さの優位性を
       明らかにしていました。だから、遅かれ早かれ、ひとは「歴史の意味」
       という考えに留まることはできないということに気付かざるをえませんでした。
       最初から負ける勝負だと分かってしまったからです。

62 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 00:23:49
( ´_ゝ`) 「どんな哀しみでも、それを物語に変えるか、それについて物語れば、堪えられる」
       という印象深い言葉を残した作家がいました。いまこの言葉を、あの青年たちが
       最後に行き着いたところを理解するための指標とするなら、この「物語」を、
       誰か作者によって書かれたものと捉えることは避けなければなりません。
       虚構の物語が作者を指し示し続けるのに対し、青年たちが巻き込まれた物語は、
       それに参加している人間たちの意図がどこにあろうと、いずれにせよ
       生み出されたものだからです。そうしてみると、「歴史の意味」という考えこそ、
       虚構物語の最たるものだったと言えるかもしれません。それらは、
       歴史の作り手を想定することで人間の行動の領域に意味を見出そうとするのですが
      (そしてそれは、まだ何かできるはずだという希望も与えてくれますが)、
       そうすることで虚構物語と真実の物語は混同されてしまいます。青年たちは、
       現実の敵対的な性格を、それが何ものかによって制作されたものであると
       見ることで、なにがしかの慰めを得ようとしましたが、しかしそれは他の材料を
       扱うように人間を扱うことができるという希望に導かれてのことでした。
       だから、最終的に望んだものが得られないことから彼らが陥った絶望は、
       望ましい物語が作れないことへの絶望であったと言えるでしょう。

63 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 00:39:49
( ´_ゝ`) かつて、宗教戦争がヨーロッパの人口を三分の二まで減少させたころ、
      ひとびとが信仰の危機に直面したのは、正統な信仰を保証する教会が分裂したのと
      同時に、神が嘉せられた世界のうちに、なにゆえこれほどまでに苦しみが
      絶えないのか、と問わざるをえなかったからです。ここから、世界のうちの悪と
      神の正義とを両立させるために、多くの神学者たちが頭を捻った「神義論」という
      ものが出てきました(神の正義を保存しようとしたのは、単なるドグマに固執する
      態度に由来するというよりは、どこかに自分たちの苦しみに意味を与えてくれる
      ものが残っていて欲しかったからなのではないか、と思います。好意的に見れば)。
      さて、そうすると、あの青年たちが最後にやらなければならなかったのは、
      人生で出会うあらゆる哀しい出来事を使って、然るべき神義論的な物語を
      拵えることではなかったと言わなければなりません。それでは、絶望の可能性が
      残ってしまう。そうではなく、ままならない移ろいゆく脆い世界を赦し、
      そのまま受け入れるという、ちょっと見たところ後ろ向きな態度でした。

64 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 00:52:09
( ´_ゝ`) あ、この方向で話を進めるとオチないや…
      うーん、いったん止め。

65 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 01:11:46
( ´_ゝ`) そしてだんだん元気がなくなる。はぁ…

66 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/21(土) 08:45:47
'[wall]_
( ・_・) 「オチ」こそが、最後に歴史の意味に、後付で与えられるべきもの。
     神のみぞ知る。つまり、神の特権かと・・・。(・_・;)

67 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/22(日) 01:08:50
( ´_ゝ`) ボケ倒すだけが人生、か。

68 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/23(月) 00:15:36
( ´_ゝ`) 絶版本を図書館で借りてきて、コピーして読んでました。
      読み進めるうちに意味が通らない箇所に出くわしたんですよ。
      難しいこと言ってるから、前後のつながりがよく分からんわけです。
      「読書百遍意おのずから通ずだ、もう一回!もう一回!」
      と思って、この3、4日ほど一生懸命よみかえしてたんですけど、
      さっきようやく分かりました。
      ページがあべこべにファイルされてたよ。。。

69 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/24(火) 02:26:44
( ´_ゝ`) 黒木和雄『美しい夏キリシマ』。いい映画でした。
      空襲にいくグラマンが編隊組んでブーンと飛んでる場面がでてきますが、
      とてものんびりしててすごかったです。このうえもなく平々凡々な風景で。
      ああ、これは普通の夏の風景だな、と思いました。
      戦闘機うつってるけど、それも含めて。45年の、普通の夏。
      劇中、誰がうたってるとも知れない不思議な歌が聞こえてくる場面があったり、
      すべてを清算するために農家のおばさんと息子が家を焼いて出て行く場面があって、
      あれはタルコフスキーやりたかったんではなかろうか、『サクリファイス』を。
      ということは、「復活のための犠牲」がひとつテーマとしてあったのかな…。
      女の子がみんなかわいらしく撮れてます。平岩紙が特によかった。
      いやしかし、思えば原田芳雄もかわいかった。ユーモアのなせるわざだな。
      主人公役の子が、いい呼吸で演技してました。柄本明の息子さんだそうです。

70 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/24(火) 02:56:28
( ´_ゝ`) 五月が来る前に柏餅を食べ飽きてしまった。

71 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/24(火) 23:52:41
( ´_ゝ`) レディースデーの夜に恋愛映画みにいくと、
      女性ばかりのなか男ひとり。という辛い状況に陥ることが分かりました。
      いやまあ、ちょっと考えれば分かりそうなもんだろ、って感じですけど…
      女性専用車に乗っちまったときと似たごめんなさい感覚。ぐぅ。

72 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/25(水) 00:20:18
( ´_ゝ`) 『パリ、ジュテーム』。
      一話5分で十八話、パリの区ひとつひとつで起きる恋を描くオムニバス映画です。
      話ごとに監督が違います。事前にいろいろネタ仕込んで行きましたが、
      実際に見て一番よかったのは、期待してたのとは別のもの。最終話「14区」。
      ほかの話は全てパートナーがいる恋愛が扱われてます、これだけは違います。
      主人公はデンヴァーで郵便配達をして暮らして来たおばちゃん、キャロルさん。
      彼女、長らくフランス語の勉強をしていました。それもこれも、パリに行くため。
      旅から帰って、フランス語教室で報告をしているという体裁で物語は語られます。
      好奇心の赴くまま、気ままに一人旅を楽しんでいます。サルトルのお墓参りして、
      二年前に死んだ母親のことを考えたり、モンパルナスタワーの屋上で、
      美しい風景を一緒に眺めるひとがいないことをちょっと残念に思ったり。
      自分の人生を振り返りつつ、それなりに満足しているようです。
      さて、そんな彼女が14区の公園で、買ってきたサンドイッチを食べていた時のこと。
      彼女はふと周りを見回していて、ある曰く言い難い感情に捕われます。
      若い女の子が芝生で寝転がり、老人は犬を抱いてベンチに座っている。
      そして自分はひとりで、異邦人としてこの街にいて、そうやって生きている。
      「ああ、自分は生きているんだ」というのが、キャロルさんの感慨でした。
      そして彼女は、自分がこのパリを愛していて、パリも自分を愛してくれている、
      と悟ります。これすなわち、Paris, Je t'aime. パリへの愛を描いた話なのでした。

73 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/25(水) 00:27:19
( ´_ゝ`) 映像はずうっと、キャロルさんがぶらぶらあちこち歩いて廻るところだけを
      映しています。それに彼女の落ち着いたナレーション、ちょっと
      英語訛りの強すぎるフランス語のナレーションがかぶってきます。
      たったそれだけなのに、この手法はひとりの人間の人生行程全てを
      想像させて余りある。5分という時間的制約のなかで、それなりに纏まりのある
      物語を語るには、時間サギをしなければなりません。つまり、回想の場面を使い、
      高速でコマを回し、思い出の品を出し等々で、登場人物たちが辿ってきた
      人生の長い時間を簡潔に提示しなければならない。それなのにこの話は、
      控えめなナレーションという極めて単純な方法を使って、他の物語に比べて
      驚くほど多くの時間の堆積を見せてしまいます。なんでこのタイミングで
      ひとりでパリに旅行に来たんだろ、とか見てる方は考えてしまうわけですよ。
      多分、お母さんが亡くなって、親の世話から解放されて、なんでしょうね。
      11年前に話したきりの男友達のことを思い出したりしますが、適わなかった恋
      なのかもしれません。彼女は懐かしそうに思い返すばかりで、色恋のことなんて
      これっぽっちもこぼしませんでしたけど。そうやって、ひとりでずうっと
      生きて来たんでしょうね。ああ、やばい。ぐっときたぜ。

74 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/26(木) 00:17:22
( ´_ゝ`) 徒然なるままに、日暮らし卓にむかひて、
      こころにうかぶドラムンベースを、そこはかとなく回しつれば、
      あやしげなる腰つきにこそなりめれ。云々。

75 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/26(木) 23:17:03
( ´_ゝ`) 一日無駄に過ごしてしまった。明日はいっぱい仕事するぞ。おー。

76 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/27(金) 23:30:09
( ´_ゝ`) いっぱいはできなかった。でもこれでよし。

77 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/29(日) 00:11:42
( ´_ゝ`) 間もなく五月か。早い早い。もっともっと。こつこつ。仕事仕事。

78 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/29(日) 02:35:18
( ´_ゝ`) 謙虚に謙虚に。知足知足。寝よ寝よ。

79 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/29(日) 02:51:20
'[wall]_
( ・_・) 申し訳ねぇ。
     勝手にここのカキコを他所板にコピペしちまった。-(_ _)-ペチャ(潰)
     copyright by ( ´_ゝ`) とか着けといたほうが良かったかな?

80 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/29(日) 11:33:43
( ´_ゝ`) えー、グーテンターク。
      詳しいことはよく覚えてませんが、2ちゃんねるの規約では、
      投稿内容の知的財産権に関してはこれを掲示板管理者に無償で譲渡、
      になってたはずなんで、僕は著作権を主張できないと思ってました。
      コピペ・改変について投稿者が文句を言うことはできるはずですが、
      僕個人としてはどーでもよかとです。 (c)( ´_ゝ`)の付記もいりません。
      ただし、もとの投稿者の意図した文脈から外れた引用の場合、
      当該引用に関する責任は引用者が負うのが妥当と考えられる。ってことでひとつ。

81 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/30(月) 00:15:19
( ´_ゝ`) アレハンドロ・イニャリトゥ『バベル』。
      あるいは、もう一度いろいろ見直して考えた方がいいのかもしれない。
      昨年の『クラッシュ』といい、これといい、この違和感は…

82 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/30(月) 00:26:24
( ´_ゝ`) にしても、菊地凛子は松嶋尚美に似ている。
      あごからのどにかけてのラインなど特に。

83 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/04/30(月) 20:09:43
( ´_ゝ`) ttp://dailynews.yahoo.co.jp/fc/entertainment/movie/?1177908462
      『バベル』クラブシーンで、白パカとばしピカチュー現象、か。

      ジョナス・メカスっていう映像作家のとある16ミリフィルム作品に、
      あれと似た映像が轟音つきで延々10分ちかく続く場面がありまして、
      今まで見たうちで一番きつい白パカでした。
      ずーっと目をつぶってやり過ごした。

84 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/01(火) 22:37:51
( ´_ゝ`) もうちょいもうちょい。がんばれがんばれ。
      大切に想って大切に想って。謙虚に謙虚に。

85 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/02(水) 21:42:18
( ´_ゝ`) 同じテーマは彼の作品中に何度もニュアンスを変えて出て来る。
      「完全な分離こそが必要だ」「愛することをやめねばならない」etc.

      八十年の長い間、身をもだえ続けたメルヴィルを見てもらいたい。最後まで彼は
      理想のピンに指し貫かれたまま、身をもだえ続けたのだ。彼は「完全な女性の恋人」
      から「完全な友」に移した。そして完全な男性の友を何度も探し求めた。しかし、
      見つけることができなかった。(…)彼は最後までそれを求め続けた。完全な
      人間関係、完全な結合、完全な相互理解。そして完全な友を。
      完全な関係など不可能だという事実を、彼はほんとうの最後まで受け入れることが
      できなかった。それぞれの魂は孤立していて、その二つの存在の孤立が、
      完全な結合を妨げる二重の壁となってそれを遮るのである。そもそも、それぞれの
      魂の孤立は当然だ。だから「完全な関係」なるものを求める欲求は、結局、
      よこしまな、男らしくもない渇望に過ぎないのだ。たしかに「わたしたちの
      不幸はすべて、独りでいることに耐えられないことから生じる」のである。
      しかし、メルヴィルは自分の結論を下すことを拒んだ。「人生は間違っている」と
      彼は言った。そして「人生」を拒否した。にもかかわらず彼は、完全な関係、
      現実に存在し得る完全な愛、という彼の理想を固持し続けた。世界は互いが
      愛し合う調和の場でなければならない。ところが、そんなことはあり得ない。
      だから、人生そのものが間違っている、と彼は言うのだ。これは愚かな結論だ。
                       ―――D.H.ロレンス『アメリカ古典文学研究』

86 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/02(水) 22:03:55
( ´_ゝ`) あれー、このテーマの元ネタなんだっけなあ…

      恋は懲らしめに似ている。わたしたちはひとりでいられなかったから
      罰せられているのだ。          ――― ユルスナール『火』

87 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/03(木) 09:29:58
「あなたの好きなものを、たいせつにしなさい」
遠来のジョナス・メカスは、ハナ水をハンカチで拭きながら、
消え入りそうな声でくり返した。
このことばを憶えておこう、そう思って口に出さずにつぶやいてから
丸薬みたいに嚥みこんだ。
―佐伯誠 (松浦弥太郎著「本業失格」の解説より)

映像作家だったんですね。無知。

|ω・)っd■ お邪魔いたしました

88 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/03(木) 17:00:17
( ´_ゝ`) おお、こんぬつはー。
      ジョナス・メカスはもともとリトアニアで詩人やってた人です。
      反ナチ運動に関わったあと、移民しようと思ってイギリス行きの船に乗ったら、
      ある日、霧の向こうに自由の女神像が見えて腰を抜かし、それ以来ずっと
      ニューヨーク住まいだそうです。って本に書いてた気がするんですけど、
      ちょっといま現物みあたらないんで、この辺は眉にツバつけといてください。
      同じリトアニア出身のジョージ・マチューナスが始めた「フルクサス」に加わり、
      ジョン・レノンやオノ・ヨーコと、えらい仲がよかったと聞きます。
      僕が見たフィルムでも、ベッドの上で二人がにやにやーうだうだーとしてました。
      渡米当初、言葉が分からないので、ボレックスっていう16mmカメラを買って、
      それで日がな一日、自分の身の回りのものを映して日記代わりにしたんですね。
      セルフ・ドキュメンタリーフィルムの走りみたいなもんだ、と言われたりします。
      まあ、なんちゅうか、ものすごく眠くなる映画でした。
      でも、好きなものばっかり撮ってるんだろうなー、ってのはよく分かった。
      楽しそうなんですね、映像が。

89 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/03(木) 17:04:14
( ´_ゝ`) 何度か来日してますが、そのときの言葉なんでしょうかね。
      「あなたの好きなものを、たいせつにしなさい」

      うむ。たいせつにします。

90 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/04(金) 03:52:24
'[wall]_
( ・_・) サリンジャーが筆を折ったのは、批評家が「神秘主義」と、
     揚げつらったから、だけではないようですね。
     版権の問題で、今では、古書店にもない作品も・・・。
     「ドゥー ユー シーモア・グラス?」

91 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/04(金) 04:02:32
'[wall]_
( ・_・) んで、我が邦は、エスキモー(「WAR GAME」参照)と闘う準備は出来たのか?

92 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/04(金) 11:26:50
'[wall]_
( ・_・) あなたも人が悪いですね(わらい。
     「プレーヤーピアノ」について、何も言及されなかったことに、
     今頃、気付きましたよ。あはは(^o^)。

93 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/04(金) 15:50:20
( ´_ゝ`) うぇー、そんななんでもかんでもコメントできませんよー。
      ひと悪いっすか、すんません。ぐすぐす。

94 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/05(土) 23:09:12
( ´_ゝ`) また背中が痛くなってきた。まじでピリピリするよあんちゃん。
      でも明日中にメドつけて、水曜までに再チェック済ます。
      終わったらすぐ次。夏終わりぐらいまでに。こつこつ。
      しかし焦らない。人生は長い。

95 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/06(日) 00:53:02
'[wall]_
( ・_・) >>92 は、わたしのスレの荒らしカキコが、あまりにも、おマヌケなので、
     ちょっとキレた勢いが治まらぬ中の、八つ当たりでした。
     ごめんなさい。 -(_ _)-ペチャ(潰)

96 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/06(日) 15:33:02
( ´_ゝ`) うぃ、むっしゅー。理解します。
      そういうことはままあることです。お気になさらず。

97 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/07(月) 01:28:53
( ´_ゝ`) いまは1996年で、われわれは車で移動している。正確には、車で移動している
      夢を見ている。どうやら季節は初夏にかかる頃であり、空は晴れている。
      中天にかかる日の光を反射しながら、車の両側に広がる水田は見渡す限り
      広がっている。すなわち、ここは平野のど真ん中を南北に走る道路の上だ。
      この道路は比較的近年になってから整備されたものであるらしい。というのも、
      この平野は縄文海進により堆積した土砂の上に広がっており、近世に大規模な
      土地整備が行われるまでは荒漠とした湿地帯が広がる人外の地であった。
      いまでも全て田であるから、苗の伸びきる以前のこの時期は実に見渡す限りの水
      であり、6000年前から大して光景は変わっていないのかもしれない。
      中世以来の街道筋はもっと乾いた土地、つまりより西側の山沿いに集中している
      ことになっていて、ここからすると街道沿いに集中している人家群は
      右手に見えている。従って、われわれは南に向かっていることになる。
      左手には海があるはずだが、陽炎にゆらぐ防砂林が視界を閉ざしている。
      そちらから視界の後方へ向かって風がたって走っていくのが、目に映っている。
      前方すなわち東の田の上にたった風は水の上にさざ波を立て、それが
      反射光の移動として現れては消えながら、後方すなわち西に向かっていく。
      これは明らかに日中に見られる風の吹き方の特徴だから、自分がいま海の方角に
      目を向けていることは確信してもよい。そして、その方向に海があるということは、
      その海が太平洋であることを意味している。これから言うことは大事なことだと
      思うのだが、そう思うというと誰もが笑うので夢の中でも黙っていることがあった。
      実は、夏の太平洋にはおおきなクジラがいる。

98 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/09(水) 02:28:33
( ´_ゝ`) あかん。つまった。くそ。

99 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/09(水) 23:41:31
( ´_ゝ`) 突破。以後、掃蕩戦に移行。

100 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/10(木) 02:28:53
( ´_ゝ`) 「イリオモテヤマネコ」って言えない。
      どうしても「イリヤマテオモネコ」になる。
      「ツシマヤマネコ」は大丈夫。

101 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/10(木) 23:03:15
( ´_ゝ`) 堀田善衛『ミシェル 城館の人』。
      まだ読み始めたとこ。ミシェルってのは、ミシェル・ド・モンテーニュのことです。
      三巻本で、モンテーニュの伝記。というか批評。この本のジャンルって何だろうと
      思いだすと、内容がどうこう以前に、いろいろ考えないといけないことが
      ある気がしてきます。単純な印象は、「フランスっぽいなー」ですが。
      この「フランスっぽいなー」に対立するのが、「ドイツっぽいなー」で、
      柔らかいとか固いとか、感覚的にはそんなもんに過ぎないのですが。
      誰だったか、ドイツの文章はものごとを概念化し、概念化されたものを
      論理的に展開していくところにその特徴があるのに対し、フランスの文章は
      あるものにぴったりあったイメージを探り、それを描き出すところにその特徴が
      認められる云々、ということを言ってた覚えがあって、これが柔らかさとか固さ
      という感覚を越えて、双方の国における文芸発達の違いを説明することにも
      なりそうだな、と思ったのでした。それで、ジャンルって何だろう、と。
      そういえば、確か堀田さんは大学時代、最初は法科にいたんだけれども、
      ラジオでゲッベルスの演説を聞いてげっそりし、ついでチャンネルまわしたら、
      誰であったかシャンソン歌手がparle moi d'amour…と歌うのを聞いて
      仏文に転科した、と書いてて、そういうことも思い出しました。
      確かに、「愛してると言って…♪」と「諸君らは総力戦を望むかッ!!」じゃ、
      これは大した違いです。
      ttp://rasiel.web.infoseek.co.jp/voice/goebbelstotal.htm

102 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/11(金) 19:20:10
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=qQF9mRHn_X4&mode=related&search=
      おおっ、なつかしや。土岐麻子かわいいですねー。
      「チェックメイトー♪」ってとこで、きゅっと眉しかめるあたりとか(w
      ゴダールの『中国女』っぽいクリップです。

103 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/13(日) 03:08:08
( ´_ゝ`) 車で帰ってきた道々、高校生とおぼしきが走ってるのを見た。
      今日は日曜だし、ありゃ徹夜で長距離はしらされてるなw
      雨にふられないで、日の出までいければいいが。

104 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/13(日) 03:27:58
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=qQF9mRHn_X4
      こっちじゃなきゃダメか。>>102

      それにつけても腰の痛さよ。

105 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/15(火) 01:01:44
( ´_ゝ`) レインボーメーカーって楽しそうなおもちゃだな。
      見たところ思いっきりレインボーって感じでもなさそうだけど、
      コンセプトだけで十分勝ってる。赤ん坊に見せたら、喜びそうだし。
      プレゼントにもよさそう。
      ttp://k-tai.impress.co.jp/cda/article/todays_goods/22568.html

106 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/15(火) 19:34:40
( ´_ゝ`) ttp://www.myspace.com/yanokami
      あっこちゃんとハラカミくん。少しずつ聴ける曲が増えてる。のかな?
      ハラカミさんは機材いじってるとき、地味にノリノリなのがいいです。

107 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/16(水) 23:30:43
( ´_ゝ`) 頭痛し。全くはかどらぬ。寝。

108 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/17(木) 00:15:51
( ´_ゝ`) と思ったけど、このまま寝るのもしゃくだから、もう一踏ん張り。
      この時間から踏ん張り始めると、三時くらいにふと人生の虚しさにおそわれ、
      来し方ふり返って感じる痛みを、一瞬目をつぶってやり過ごすことになるけれど、
      まあ、ハシカみたいなもんずら。

      最近アレ、変な夢みるんで寝付きが悪いです。頭痛いの、そのせい。
      家のドアがキリキリ、キリキリ…って音たてながら徐々に開く夢なんですけどね。
      その隙間から薄気味悪い声が聞こえてくるんですよ、子供の声で。
      
      「豆腐かえしてー」「豆腐かえしてー」
      
      借りてねえし。超怖いんだけど意味わからん。(゚∀゚)カエレ!

109 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/18(金) 01:29:44
( ´_ゝ`) あー、今にしてようやく分かった。エウレカ、エウレカ。
      アルノー・デプレシャン『キングス&クイーン』の冒頭部、なにゆえ白鳥に
      化したゼウスがレダを犯す伝説が読み上げられ、主人公の女性ノラは父親の
      誕生日にレダの絵を贈るのか?レダとゼウスとの間には、カストル及び
      ポリュデウケス、ヘレナ及びクリュテムネストラの二組の双子が生まれる。
      このうち前二者は和合と友愛、後二者は不和と争闘を意味するという。
      これらの二組が、それぞれノラと彼女を取り巻く男たちの関係をアレゴリカルに
      表現している。すなわち、前二者に当たるのが、恋人イスマエルと息子エリアス。
      後二者に当たるのが、元夫ピエールと父親ルイ。劇中最後のシーンでノラは、
     「愛した四人の男のうち二人を死なせた、だが残る二人がやって来る。彼らが自分より
      長生きならそれだけでいい、それで報われる」と言う。着想はイェーツの詩かな?
      劇中にもいくつかのインタビューにもこの詩人の名前は登場していたけれど。
      ttp://www.antaios.net/museum/leda.htm
      もうちょっと調べよう。しかし、エロいっつーかなんつーかな詩だな。。。

110 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/20(日) 02:05:02
( ´_ゝ`) 忙しい。気がする。
      ああ、新しいネクタイ買わなきゃ。
      ああ、あとスペイン語おぼえよう。
      ああ、暑いのやだな。

111 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/21(月) 02:15:35
( ´_ゝ`) ビデオテープの整理をしたら、ソダーバーグ『トラフィック』発見。
      これアレだ、むかしNHK-BSで夜中にやったやつ撮ったんだっけ。
      米国における麻薬戦争を主題にとった映画です。
      ちょうどフラれたときで、ヤケ酒がぶがぶ飲みながら見てたら、
      手持ちカメラのふらつく映像で気持ち悪くなったのだ。途中から記憶ないや。

      夜中にテレビつけて面白い映画やってると、次の日のこと考えずに思わず見ちゃう。
      NHKはたまに変な映画やるんで鬼門です。今まで一番拾い物で記憶に残ってるのは、
      『コーカサスの虜』っていうロシア映画でした。だいぶ昔だな、これ。
      ttp://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD4127/
      トルストイの小説を原作にして、舞台を現代のチェチェン紛争に置き換えたもの。
      キャッチコピーは確か「人生は短く、世界は狭い」。ぐへー。
      まことに淡々とした、しかしどうにも救いようのない物語でした。
      公開当時は、青少年な時分だったから映画館には行かず。習慣がなかったのです。
      新聞の映画評みて、見たいな。と思うだけ思ってたところ、次の年あたりに
      教育テレビでやったんでした。がちゃがちゃチャンネルまわすテレビで見た。
      あれ、ロシア軍が一時的に撤退してた頃になるのかしら。一時的に平和だった頃。
      数年前にDVDで再び見る機会を得たのですが、そのときも変わらず
      チェチェンじゃ戦争やってたわけで、トルストイの頃も、テレビでも、DVDでも…
      と考えを追っていったら、微かに痛みを感じた。また見て、ちょっと考えてみよう。

112 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/22(火) 03:06:02
( ´_ゝ`) 出先の街は、川沿いの柳が飛ばす綿毛ばかり。
      漢語では「柳絮」と言うそうだ。むかし授業で読んだ蘇東坡の漢詩に出てきた。
      梨花は淡白にして柳は深青、柳絮飛ぶとき花城に満つ、云々。
      中国では柳絮の飛ぶのを見て初夏を感じるのだ、と教わった記憶がある。
      その頃は、どういう訳か、ツバメの巣から出た埃か何かだとばかり思っていたから、
      こいつが飛んで来ても小汚いなーとしか思わなかった。
      以前はくだんの川っぷちに家を借りて住んでいた。この時期は、昼寝の間に間に
      あくびでもしようものなら、鼻と言わずのどと言わず、例のフワフワが
      飛び込んできてえらい目に遭う。ことに自転車のときが危ない。
      蘇東坡もへったくれもない、顔面の穴を全てすぼめて走り抜けるしかない。
      いちど目に入ったことがあって、その時は目医者の世話になった。痛かった。

113 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/23(水) 00:53:57
( ´_ゝ`) なんかこう、風通しが悪いな。ちょっと動くか。

114 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/23(水) 01:24:17
( ´_ゝ`) だいたい、チェ・ゲバラとボブ・マーリー取り違えるってどういうことですか。

115 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/23(水) 22:22:06
( ´_ゝ`) 『Melbourne』落手。去年の冬に出てたやつ。
       ttp://ecodec.com/melbourne1/
       パラパラめくる。対談の途中で長嶋有がトイレに行って帰ってきている。
       行数からして、おしっこだと思う。

       あ、いま手の匂いをかいだら、いいにおいがする。
       焼いたナスを氷水に浸して皮むいたんだけど、レモン触ったときのと似てる。
       ヘタに沿って軽く包丁いれて、さきっぽにも十字の切れ込みいれておくと、
       ぺろぺろと皮が剥ける。なかから熱いお汁が出るから、きっとそれだ。

       これはあとで読もう。ゆっくり読もう。

       帰り道、リヤカーに畳をいっぱい乗せた畳屋さんに会った。
       リヤカーには店の名前と電話番号を書いた札が貼ってあった。賢い。

116 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/24(木) 22:49:33
( ´_ゝ`) ふと思い立って、「モスクワの声」。ロシア・アニメの話してた。
      ロシアじゃ90年代から大人向けのアニメが出てくるようになったとかなんとか。
      あと、日本周辺の米軍再編がどうした、露開発銀行設立がこうした。
      雑音ひどい。でも中波で聞く。その方が戦略放送っぽいし。気分的に。

117 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/26(土) 00:12:50
( ´_ゝ`) はしか怖いよ、はしか。

118 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/27(日) 20:40:35
( ´_ゝ`) 河瀬直美の新作の予告編みたけど、なんかよさそう。はやく全部みたい。
      前の『沙羅双樹』で一番印象に残ったのは、六斎念仏(でいいの?)の鐘とか、
      街の喧噪とか、ひとがつぶやく声とか、そういう音だったけど、これも音がいい。
      あとあの、間の悪さっていうか独特の気持ち悪い間のとりかた。
      予告編だと、主人公の女のひとが旦那(?)に服か何かぶつけられた
      次の瞬間に目が上を向く、あの表情みたいなやつ。あれ変。だけどリアル。
      ワンカットで撮る暴力シーンのもつ変な感じも。だけど容赦なく痛そう。っていう。
      ttp://www.mogarinomori.com/

119 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/28(月) 01:06:38
( ´_ゝ`) >>81の違和感というのは、人がつけるべき落とし前を見逃そうとしてる。
      っていうことと言ったらいいのだろうか。ここ二年のアカデミー賞受賞作は、
      「世界に絶対的な悪はない」ということを描き出す…とか言われた上で、
      哀しいかなそれが複雑なる世界の実相である、実相とは玉突き的偶然の産物である、
      と注釈されてる気がします。この注釈自体には一定の妥当性があると思いますし、
      その場合、確かに、世のなか単純だと割り切ってるひとたちがことを複雑する
      今日この頃ではありますし、複雑なる事実を提示するという映画が一定の批評性を
      持ちうるだろうことも認めますが、しかし、ことを「偶然の産物」と言い切っては、
      それに沿って意志を走らせるべき因果はなくなるし、目指すべき目標だって
      なくなりゃしませんかね。ある事態は、そうであることもそうでないことも
      ありうるが、ひとは意志によってそこに介入することができると思っている
      からこそ、変化を起こそうと希望し、場合によっては失敗して絶望できる。
      あるいは、こうすればよかった、ああすればよかったと気に病むことがなければ、
      落とし前という考え自体も意味をなくす。だからこそ、「絶対的な悪は存在しない」
      ということになるんだけど、それじゃあんまりだ。実際に絶望してる人間に対して、
      そういう映画は何もできないばかりか、諦めろ、としか言えないんじゃないのか。
      むしろ、すべて見せないで済ますっていう見せ方になりはしないのか…

120 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/28(月) 01:43:06
( ´_ゝ`) 見ないで済ませようとする映画って、切ないです。とても。
      最後に残るのは、どうにも収まりのつけられない感情だけだから。
      「見ないで済ます」っていうことをもともと言ってたひとがいて、
      誰だったか忘れたけど、それをいま『バベル』と『クラッシュ』に当てはめてみた。
      けど、もともとそのひとはイーストウッドの『ミスティック・リバー』を挙げてた。
      あれは確かに、大事な人間を奪われたひとが、哀しさのままならなさに、
      誤解に誤解を重ねたうえ、余儀なく幼なじみを殺め、しかもそれを知りながらも、
      やはり幼なじみの警官は見て見ないふりをするっていう話だから、切なすぎて、
      どうしたらいいか分かんなかったです。これについては、いずれまた書こう。
      こっちは、見て見ないふりをされた側の人間のことで、殺された人間は自分が
      もともとこの世の中に存在しなかった、居場所がなかったってことを
      受け入れて、確認するために殺されていったっていう話なのです。要するに。
      話をもとに戻すと、いずれにせよ、見ないで済ませようとすることは
      強さかもしれないけど、その切なさに自足して物語を消費してるだけじゃ
      ダメなんじゃないのか。その強さは万人が身につけられるものではないし、
      そもそも他人に身につけるよう勧められるものじゃないです。というか、
      勧めたくない。だから、違和感というか、悔しかった。そうだ、悔しかった。

121 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/29(火) 01:24:29
( ´_ゝ`) 『イラン人は神の国イランをどう考えているか 』。まだ読んでない。
      この間、『テヘランでロリータを読む』っていう本をざくざくと読んだんですが、
      その著者アーザル・ナフィーシーさんが論考を寄せてると聞いたので気になり。
      そういえば、馬鹿馬鹿しい話。このあいだ図書館で考え事してたら、後ろから
      「『テヘランでロリータを読む』って魅力的なタイトルですなあ。」
      「テヘランでロリータってどうなっちゃうんでしょうねえ。」
      「イランでロリコンってねえ。」という話し声が聞こえてきて、腰が抜けた。
      振り返ると、その筋の若い衆三人が談笑してるんでした。その筋って何さ。
      『テヘラン〜』は、イラン・イスラム共和国では、ナボコフとかフィッツジェラルド
      とかヘンリー・ジェームズの本が退廃的だと言って禁書扱されて云々、という
      話から採ったタイトルでした。そう、ナフィーシーさんは英文学の先生です。

122 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/29(火) 02:00:39
( ´_ゝ`) 『テヘラン〜』は、西洋の文物がすべからく退廃的だとされて排斥されるなか、
      ナフィーシーとその友人・家族が、日々ドグマティックな状況と闘っていく、
      とかなんとかな感じの内容ですが、出てくるエピソードが面白い。
      フィッツジェラルドの小説に出てくるギャツビー氏を退廃的だと非難する学生を
      巻き込み、授業で「ギャツビー裁判」をやってみたり、自分の家に幾人かの
      学生を招き、自由に文学を議論を出来る密かな会合を持ってみたり。
      それから、イラ・イラ戦争のときに(懐かしい呼称!)、スカッドの直撃を受けて
      マンションが崩れた際、なかにひとが残っているにも関わらず、ひとりでも
      「殉教者」を作り出したい革命防衛隊員が救助活動を妨害し、「死を!死を!」
      と叫んでまわった話とか。状況の危機があるレベルに達すると、勝利のために
      生き延びることではなく、死ぬことが倒錯的に目的となることがあるらしく、
      「死のう団」とかいろいろありますけど、ああいうところに立ち至った
      人間とそのひとの従う理路というのは凄まじいものがあると思います。
      登場人物も印象深いひとばかりで。非常に学識豊かであり、人望も厚いのだが、
      自分の部屋を書庫のようにして、もはや公の場には決して出てこようとはしない
      友人「魔術師」。このひとの世界への態度は、ナチ政権下の知識人に見られた
      「内的亡命」ってやつと同じなんだろうなあ、と思いました。

123 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/29(火) 02:13:45
( ´_ゝ`) ほんで、そのナフィーシーさんが書いてると、『イラン人は〜』論集。
      他の執筆者は、映画監督のアッバス・キアロスタミとか、
      漫画家のマルジャン・サトラピとかか。ふーん。

      サトラピの『ペルセポリス』はアニメになって、カンヌのコンペに出てたっけ。。。

124 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/05/29(火) 09:28:00
第二次性徴期に図書館や本屋でナボコフの「ロリータ」を見つけて
勢い込んで立ち読みしてがっかりした人は多いと思うのです。

125 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/29(火) 22:21:11
( ´_ゝ`) どこかフランス書院的なかほりがしますしね。
      もしかして、覚えがあったりしますか?w

      最近、若島正というひとによる新しい翻訳が新潮文庫に入ったんですが、
      ひとつ前、大久保康雄訳の本の表紙を、映画版『ロリータ』のスチール写真が
      飾ってる時期がありました。10年くらい前に出たものです。
      これ、ちょっと期待しちゃう感じです。
      ttp://img.7andy.jp/bks/images/i9/01129249.jpg

126 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/05/30(水) 09:43:00
フランス書院というかロマン文庫というか。
若気の至りですね。

エロマンガの人にでも表紙を描かせたら
間違えて買う青少年が続出するような気もします。

127 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/30(水) 22:47:53
( ´_ゝ`) あー、萌え絵表紙とか。ラノベの売り込み法ってそんな感じですものね。
      読めば読んだで、実際けっこうエロいですし。損?はしないんじゃないかしら…

     「ロリータ、わが生の光、わが性の火。私の罪、私の魂。ロ、リー、タ。
      舌の先が口蓋を三歩進み、三歩目で歯を叩く。ロ、リー、タ。」

      こういう読むとマラマラします。なんと申しましょうか、恋人の名の響き自体が、
      口の中を愛撫していくとかなんとか。自分の舌じゃないみたい。

      純文学でも表紙が萌え絵になったのって、もう既にいろいろありそうだなあ。
      『Sprit Of Wonder』とか、SFマンガ描いてる鶴田謙二ってひといますけど、
      彼は武田泰淳の『十三妹』(中公文庫)で挿絵かいています。
      エロくはないですが。鶴田さんの描くおんにゃのこが好きなんで、
      本屋で見かけたとき、「こ、これはッ…!!」と思いました。

128 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/30(水) 22:59:04
( ´_ゝ`) アレか、この感じ方は感染呪術みたいなもんかしら<名前が愛撫
      ttp://park8.wakwak.com/〜w22/310.htm

129 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/05/31(木) 21:49:27
( ´_ゝ`) ちょっと思い立って新しいこと始めると、すぐに後悔しだす悪い癖。
      やだなあ。やんなきゃよかったなあ、こんなリスキーなこと。とか。
      とは言え、始めた以上、やだと言ってもどうにもならないし。
      どうにかなることをどうにかなるようにするには、地道な作業しかないし。

      はい、サボりおわりー。

130 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/03(日) 01:22:46
( ´_ゝ`) 細野晴臣のトリビュートアルバム。口ロロの「北京ダック」聞いてて気付いた。
      アヒルを抱っこという状況が、すきだ。すきなんだ。だいすきだあッ!!!!

      あひるんるん あひるんるん ぼくたーちはー
      いーしょういっしょさ あひるんるんるん
      くえっくえっくえっ くわっくわっくわっ あひるのわるつー♪

131 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/03(日) 01:27:34
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=WVPJegPlNio
      ttp://www.youtube.com/watch?v=9s_VXbH8--Y

132 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/04(月) 22:22:02
( ´_ゝ`) 堀田善衛『バルセローナにて』。堀田づく今日この頃。
      相変わらずエセーとも小説ともつかない、エクリヴァンの手になる短編三つ。
      彼は晩年に至る約十年をスペインで過ごし、人文書の面目を施すが如きゴヤ論を
      ものしたりしたのですが、その間に彼が住んだ三つの地方それぞれに一遍が
      割り当てられています。北部スペインのケルトやバスクの歴史を掘り起こす
      「アンドリン村にて」、レコンキスタとそれに引き続く狂女王フアナの事跡に思い
      を致す「グラナダにて」、そして彼が渡西した当時は未だ癒えることない傷を
      あちこちに曝していたスペイン内戦を扱う「バルセローナにて」。
      彼の著作を貫く様々なモチーフのうち、16世紀宗教改革におけるヨーロッパ諸王家
      の布置(正確にはその前夜の話ですが)と、ファシズムとの戦いという二つが、
      特に後二者の短編に見てとることができます。ここ↓で冒頭部が読めます。
      ttp://uraaozora.jpn.org/sakuin^ha.html#hotta

133 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/04(月) 22:51:01
( ´_ゝ`) 自分の少ない読書経験を顧みても、スペイン内戦に関する著述は
      共和国側に立って闘ったひとたちの書き物ばかりでした。古いところでは、
      ヘミングウェーの『誰がために鐘は鳴る』や、オーウェルの『カタロニア讃歌』。
      ポルトガル側から内戦に目をこらしたタブッキ『供述によるとペレイラは…』は、
      非政治的で文学愛好に耽溺していた新聞人が、通っていた教会の司祭に文学者の
      政治参加の動静について教えられることで、情勢の悪化に目を開かれるという、
      緊張感溢れる場面によって記憶に留まっています。しかし、堀田さんのこの一遍は、
      語り手にイタリア出身でフランコ政権について闘ったファシストを据えることで、
      45年以降もヨーロッパに残存し続けた特異な政治体制と、それがもたらした
      歴史の陰翳を、はるかによく描き出すことに成功しています。
      この戦争にまつわる文章から、僕はある種のノスタルジーというか、甘美さと
      苦さの混じった感覚を受け取ることが多かったのですが、それはそうした文章が
      共和国側から書かれたものであるのが原因であると思っていました。
      敗北というのは、どこか快いものがある気がします。
      しかし、「バルセローナにて」に登場する語り手の老人キケの言葉からも、
      同じような感覚を受け取ることができました。

134 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/04(月) 23:13:03
( ´_ゝ`) キケ老人の語りに通底している考えは、次の要に要約できるかもしれません。
      世界はカオスであり、力ある者は移ろいゆく。
      マドリード攻囲戦の後、所属していたイタリア人部隊がサラゴーサに転戦させられた
      ときのことを、彼は概略こういう風に言っています。
      サラゴーサにはあらゆる部隊がいた、イタリア人、ドイツ人、モロッコ兵、
      女たち、坊主たち、ブルジョアに乞食…。こいつらは互いに互いを軽蔑しあい、
      憎しみ合い、喧嘩し、人殺しまでしあった。このごちゃごちゃの大混乱のなかに、
      「敵」である筈のアナキストや共産党、共和主義者の部隊がまじっていても、
      何の不思議もなかった。それがスペインなのであり、それこそが世界なのだろう…。

     「サラゴーサで、おれはすべてを見てしまった、と思った。」

      敵という言葉に引用符号がついていることが、移ろいゆきを表しているのでしょう。
      この認識は、後に足を吹っ飛ばされて帰国し、故郷のシチリアを経巡ったときの
      ことを語る言葉のなかにも出てきます。シチリアには遺跡が多い、ギリシャに
      フェニキア、ローマ、ノルマン、アラゴン…。

     「それでそのときは、こういうカオスこそが人間なのだと思うことにした。
      シチリアには”カオス”という名の町さえあるんだぜ。」

135 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/04(月) 23:29:45
( ´_ゝ`) 島民にとっては、島の外から来た権力者が、方々に石造りの建造物を作って、
      それらが崩壊し、また別の者が来て、延々とそれが繰り返されても、
      そうしたものと自分は何らの関係もない、と考えたわけです。
      それで全てだ、だからどうした、と。どこか、外側からカオスを眺めている
      人間の目つきをしているように見えます。
      この移ろいやカオスへの感覚は、彼を単なる右派の人士とさせませんでした。
      アメリカ兵がきても平気だったし、ムソリーニが逆さ吊りにされても当然だ、
      そう彼は言います。米兵がシチリアに上陸すると、それまで右派を名乗っていた
      ひとびとは、呆れたことに、こぞって「左翼(シニストロ)」を名乗り出す云々。
      つまり、移ろいへの感覚は、彼にあっては、人間の中に愚劣さを見いだすことと
      結びついたのです。このことは、恐らくキケ老人から希望を奪ったのだと思います。
      あのシチリア巡りの最後、彼は移ろいへの感覚を越えるものを見つけて、
      ようやく生きる希望が帰って来たと思った、そう言っているからです。

136 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/04(月) 23:48:44
( ´_ゝ`) あー、ひもじいから停止。

137 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/07(木) 00:51:42
( ´_ゝ`) 非望のきはみ 非望のいのち

138 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/07(木) 21:03:07
( ´_ゝ`) カミナリのあほう。傘もってるときに鳴れ。

139 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/09(土) 01:23:21
( ´_ゝ`) オムライスおいしいなァ。卵焼き破れないと、一日が報われた気がする。

140 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/09(土) 22:14:25
( ´_ゝ`) テレビ見ながら独り言いうのやめよう。

141 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/09(土) 23:21:03
( ´_ゝ`) みーさんは中学校の頃に社会科のせんせをしていたひとで、
      食堂ではいつもカレーを食べていた。見事な若はげだったので、カレーを食べてる
      ところを生徒に見つかると、「せんせ、辛いもの食べるから頭そんなです。」
      と言われる習わしだった。そう言われるとすぐにキレるひとだったので、
      ますます生徒からは「せんせ、そんな怒ると毛根に悪いです。」と言われて
      プンプンしていた。とはいえ本気でキレていたわけではなくて、
      キレたふりをして遊んでいたのだったが。みーさんは若かったけれど、
      度量はあった。度量はあったけれど口は悪かったから、生徒への答えはいつも
      「てめえらしめころすぞ。」だった。もちろん誰も、本気になんかしない。
      そうやって互いにへらへら笑いながら食堂を出て、午後の授業が始まるのだった。
      若いと言えば、みーさんはほんとはどこぞの院生で、非常勤の出稼ぎ稼業に社会を
      教えるのだった。専門はインドであったかどこだったか。ともかくカレーを食べる
      地方の宗教を研究していたらしい。ヒンドゥーなんかで言うところの
      「タントリズム」のことを調べたりもしていたらしい。性的な儀式を通じて
      真理に至るという考えで、どちらかと言うと外道扱いされる、カストリっぽい
      やつ。と言うと誤解が生じるか。どういう脈絡であったか、教壇の上でみーさんが
      「政治の ”せい” はセックスの ”性” なんだよッ!」と叫び出して、
      思春期の中学生から大喝采を浴びたことがあった。もちろん、みーさんの
      言わんとするところを曲がりなりにも理解するに至ったのは、だいぶ後だったが。
      それでも、われわれがみーさんを尊敬する理由は十分にあった。

142 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/09(土) 23:35:26
( ´_ゝ`) 中島岳志『中村屋のボース』という本をパラパラめくっていて、
      ふと、みーさんのことを思い出した次第。インド独立のために日本に亡命していた
      ボースのことを扱った本なんですが。中村屋のカレーはボース直伝で。
      ttp://www.nakamuraya.co.jp/curry_room/room_01.html

143 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/11(月) 01:15:37
( ´_ゝ`) 金のないやつぁ俺んとここーい 俺もないけど心配するな
      見ぃろよー青いー空ぁ白い雲ぉー そのうちーなんとかなーるだろおー♪

      ハイ、あと一週間。

144 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/11(月) 22:28:54
( ´_ゝ`) そんな状況のなか、知らんと二重注文してた本が届く。がっくし。

      ああ、そういえば今年はシャコまだ食べてないな。
      そろそろ時期の筈だけど。昔はバケツに一杯もらったりしたなあ。
      最近はあんまり穫れないのかしらん…

145 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/12(火) 23:58:14
( ´_ゝ`) 二枚舌のひとって閻魔様に舌ぬかれても平気だよなあ。
      それとも二枚とも抜かれるんだろうか。

146 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/13(水) 22:10:13
( ´_ゝ`) バスのなかで腹が痛くなるととても辛い。

      河上徹太郎『私の詩と真実』が文庫本になってた。このひと読んだことない。
      吉田健一が、自分に酒飲むことを教えたは河上さんだったとか、
      『羽左衛門の死と変貌〜』はエリオットの伝統論より凄い、とか書いてた。
      シェストフの訳者であったか。次はこの辺まとめて読むか。

147 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/14(木) 21:00:23
( ´_ゝ`) 暑いときに「涼しげな顔で」とか言われると、なんで微妙にムッとくるんだろう。
      いや怒ってはいないけど、釈然としないっていうか…だって暑いし…

      佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』、途中で放ってたのをまた読み始める。

148 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/14(木) 23:37:25
( ´_ゝ`) 読了。あーどれ別なの読むか。

149 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/16(土) 00:28:39
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=T0aOTOwredw&NR=1
      ttp://www.youtube.com/watch?v=2S_2r0J7bHo
      あー、かっこいいなー。

150 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/16(土) 22:30:05
( ´_ゝ`) めざましテレビの皆藤愛子ちゃんが、松前漬け用に細く切った昆布の束をもって
      葬式に来てくれるという夢を見ました。なんの前触れだ。

151 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/16(土) 23:23:28
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=_74Lq-zsYMY
      Morelenbaum2 Sakamoto による、カエターノ・ヴェローゾのカバー。

152 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/18(月) 23:24:18
( ´_ゝ`) その昔、フランスだったかイタリアだったかで、大きな穴を掘って
      ヒーラーを何千人も埋めてやるだかやれだかいうヨタを耳にしたことがあった。
      一所にまとめて埋めちまえば世のため人のためになるだろう、という趣旨だったと
      思って、馬鹿なことを考えつくなー、と笑ったものだったが。
      この間ひとから、そのひとの住んでる街に群雄割拠するスピリチュアルな
      ひとたちを一堂に集めて、展示会というか即売会みたいなことをやる
      イベントがあったと教えられた。それで、上記のヨタを思い出し、ついでに、
      例の穴のなかで商売はじめたところを想像して、おかしかった。

      と書いてきてふと思い立ち、林達夫『歴史の暮方』をめくってみたら、
      昭和15、16年あたりにごそっと宗教やら迷信の話を話やら書いていた。
      ちょうど「宗教団体法」ができた頃なので、あっちに当て、こっちにこすり、
      という書き方になっている。まあ、その辺はどうでもいいとして、面白かったのは、
      知性の未発達な原始人には超自然の観念が欠けていて、むしろ合理主義をキリキリ
      締め上げた挙げ句、限界を見てしまった知性のひとの方こそ、超自然を発見する。
      というようなことを書いてたあたりか。なるほどねえ。
      「締め上げ」というあたりが、ヴァレリー読みの面目を施すことになろうか。
      しかし、こうした理路は「ヒーラーの穴」の話とはあまり関係ない。

153 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/20(水) 00:54:54
( ´_ゝ`) ジャズピアノ習いたいな…

154 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/20(水) 22:18:47
( ´_ゝ`) 出張か…弾は持てるだけ持っていこう…
      まだ先だけど…生きて帰ってこられますように…

155 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/20(水) 22:57:03
( ´_ゝ`) アルトマン『今宵、フィッツジェラルド劇場で』見ました。
      古き良きアメリカちっくなラジオの公開録音番組、A Prairie Home Companion。
      ラジオ局がテキサス資本に買収されたため、番組は今日の収録で最後らしい。
      番組に集う一癖も二癖もあるひとびとは、はたしてどうなっちまうのか…
      というお話。テキサス野郎に買収ってあたりが、現代アメリカの風刺かな?
      しかし、カントリー音楽いっぱいで、まー楽しいこと楽しいこと。
      ショービズの表舞台と裏方の群像劇だけに、みんな歌いまくり。
      映画なのに、一曲おわるたびに拍手しそうになりました。あと、面白いのは、
      曲の合間に名調子の司会が、自分で提供会社の商品を宣伝したりするんですね。
      大村崑の「姓はオロナイン、名は軟膏」みたいなやつです、生番組中にやる。
      この番組は実在のもので、しかも司会のひとはその実在の番組で司会やってる。
      日本でも聞けるらしいんですが、何年もかけて磨かれた芸なんでしょうね。
      クールな顔して、ジョークばっかり飛ばしてるおっさんでした。
      黙って見てないで歌おうぜ!と思える映画を撮って死んでいったアルトマンは、
      幸福な作家だったんでしょうなー。そう、これが彼の遺作となりました。
      劇中、歌い手の老人が天使に導かれて死出の旅につきます。その天使は、
      「泣かないで、老人にとっての死は不幸じゃないわ」と言っていましたが。
      悲しみがあっても、何があっても笑いを。それがショービズ。
      そうして劇は続いていきました。くすくす、ほろり。。。

156 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/22(金) 20:59:38
( ´_ゝ`) 伊勢うどん、おいしゅうございました。

157 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/23(土) 23:16:38
( ´_ゝ`) 夏の夜はよい匂いがするね。

158 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/24(日) 23:41:02
( ´_ゝ`) アレクサンダー・ペイン『アバウト・シュミット』。
      >>72の「14区」を監督したペインの出世作。とかなんとか。
      小太りのひとが好きなのかな、と思いました。というか、
      モテないことに対するルサンチマンが撮影の動機にありそうだ…。
      フィルモグラフィー見てそう思いました。99年に撮った映画のタイトルがアレ。
      『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』っていう。
      いやこれ邦題つけたひとが悪いんじゃないのですよきっと。
      いやしかし、ひとの恥部をくすぐる素晴らしさw

159 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/25(月) 00:27:50
( ´_ゝ`) ttp://lisagas.jp/
      どういうわけかドイツ語版のを二冊ほど持ってます。
      数年前に本屋で表紙見て買ってしまった。机の前に飾ってあります。
      ときどきめくって、マフラーすてきだよマフラー。と思う。
      ちなみにリサとガスパールじゃなくて、ニナとルーカスに名前が変わってます。
      そうかー、君たちゃパリっこだったのかー…

160 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/25(月) 00:31:43
( ´_ゝ`) 揃える気まんまん。

161 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/25(月) 20:43:22
( ´_ゝ`) 夜道を歩いてたら、見知らぬおっさんの後ろをつけるような具合になった。
      やだなぁと思ったけど、あっちも同じこと考えてたんだと思う。
      急に一発ブベーッとでかい屁をこいて、そのまま澄まして去っていった。
      牽制のつもりだったんでしょうか。。。

162 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/26(火) 23:53:26
( ´_ゝ`) 集落の中で老人が死ぬと、どういう訳かその近在の老人たちが同じように
      死んでいく。そういう次第で、祖父が死んだときには実家から道路に沿って
      三軒まで不幸があった。その年の夏はとても暑かったので、暑気にやられたの
      だろうと男たちは言っていたが、法事の手伝いにこもごも家々を訪れる女たちは、
      死人が走って呼ばうのだ、と台所の陰で噂しあっていた。
      きょう車で通りかかった邑は、表通りの入り口が川の端にあり、出る口は
      山の端になる。道々は、寺を見て、火葬場を見て、墓場を見て、という具合であり、
      実に合理的に出来ている。今日はその途上、都合三軒の葬式看板が出ていた。
      暦に併せて通夜葬儀の日取りを決めるからとはいえ、そもそも死人が出なければ
      その手の都合をつける必要もないわけで、どうしてこうも続くものかと考えて、
      上のことを思い出した。これも暑気あたりだろうか。確かに日脚の延びたせいで、
      蒸す時間も長くなった。

163 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/28(木) 04:14:46
( ´_ゝ`) 「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候。」
                                   ―――勝海舟

      とは申しますが、「結果は後からついてこい。」とは、
      なかなか言い切れないのが人生修行中の身の悲しさで御座候。しくしく…

164 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/29(金) 00:56:23
( ´_ゝ`) ダルい。dull過ぎる。

165 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/30(土) 01:32:40
( ´_ゝ`) ジョイス『若き日の芸術家の肖像』が岩波文庫に。新訳で。おお。
      主人公のスティーヴン・ディーダラスは後に『ユリシーズ』でずいぶんヘマな野郎に
      描かれるけれども、この時期はまだラテン語で嫌味ばかり言ってるスノッブでした。
      でも、ふと思い立って読み返すと染みるんです、この寒々しく孤立した感じが。
      基本的には成長物語だから、我が身を振り返り仮託して読んでしまえるからか。
      だから、へこんでる時に読むと元気が出て、元気なときに読むとへこむっていう、
      困った小説でもありました。物語の行く末を己の行く末と重ねるからですね。
      ディーダラス君は、というかジョイスはアイルランド人なので、英語使用者として
      の屈折した自己意識というのも見られます。作中、ゲール語を使用する学生団体が
      登場したりもしますが、少なくとも英語は緑だらけで湿っぽくて抹香臭い小島から
      外側の知的空間にアクセスする唯一の道だから、彼は所属しません。というか、
      むしろ小馬鹿にしている。でも、英語はそもそも自分の所有物ではないから、
      そこに屈折が生じる、と。学生監の先生と暖炉の火をかきながら聖アクイナスの
      美学について論じてるところで、「漏斗」を指す言葉に「ファヌル」を使うか
      「タンディッシ」を使うかで行き違いが生じる、という場面がでてきます。
      イングランドからやってきた先生は、「タンディッシ」がアイルランドの言葉だと
      思うのですが、実は古い時代にアイルランドに移入された英語だったのです。
     「何だ、あの学生監の奴め、何だあのファヌルは!何しにやってきたんだ、
      おれたちに自分の国の言葉を教えるためか、それともおれたちから習うためか。
      どっちだかはっきりしろ!」という次第。ジョイスは、確かトリエステで
      英語教師をやってた筈ですが、こういうくだりを書きながら自分の職業のことも
      考えたりしてたんでしょうかね。伝記とか読んでみようかな。

166 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/06/30(土) 18:38:34
( ´_ゝ`) 普通は聖トマスっていうか。

      最近はあちこちでタチアオイを見かける。ムクゲやフヨウにも似てるけど、
      しゅっと上に伸びていく樹形は独特だ。夏だなあ。

167 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/01(日) 01:28:09
( ´_ゝ`) All night they marched, the infantrymen under pack,
       But the hands gripping the rifles were naked bone
       And the hollow pits of the eyes stared, vacant and black,
       When the moonlight shone.

       The gas mask lay like a blot on the empty chest,
       The slanting helmets were spattered with rust and mold,
       But they burrowed the hill for the machine gun nest
       As they had of old.

       And the guns rolled, and the tanks, but there was no sound,
       Never the gasp or rustle of living men
       Where the skeletons strung their wire on disputed ground....
       I knew them, then.

      "It is eighteen years," I cried. "You must come no more.
       We know your names. We know that you are the dead.
       Must you march forever from France and the last, blind war?"
       "Fool! From the next!" they said.  ――― S.V.Benet, "1936"

168 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/01(日) 01:31:27
( ´_ゝ`) 夜もすがら彼らは行進していた、背嚢を背負った歩兵たちは
      しかし、ライフルを握った手はむき出しの骨であった
      月光が照らし出すとき
      虚ろな眼窩は、ぼんやりと、真黒に、凝視するのだった。

      ガスマスクは空っぽの胸の上に染みのようにぶら下がり、
      傾いたヘルメットには錆びと土が飛び散り、
      それでも彼らは銃座のために丘を掘り返していた
      古くから彼らがやってきたように。

      銃が、戦車がぐるりと一巡りしても、音はしなかった
      生者の喘ぎや衣擦れなどひとつもなかった
      骸骨たちがそのワイヤーを係争の土地に張り巡らせたところでは…
      僕は彼らのことを知っていた。

     「十八年目だぞ」と僕は叫んだ。「君たちはもう出て来てはいけないんだ。
      僕らは君たちの名前を知っている。僕らは君たちが死者であることを知っている。
      君たちはフランスのせいで、最後の、無茶な戦争のせいで、永遠に行進しなければ
      ならないのか?」
     「馬鹿!次の戦争のせいでだ!」と彼らは言った。  ――― S.V. ベネー「1936年」

169 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/01(日) 23:47:48
( ´_ゝ`) ペドロ・アルモドバル『ボルベール<帰郷>』。
      ありがとう、ペネロペ・クルスのおっぱいと歌声。以下略。

170 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/03(火) 23:18:12
( ´_ゝ`) ttp://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=34268382
      。モメ応一

171 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/04(水) 20:21:58
( ´_ゝ`) あちこちで枇杷がなってる。鳥に食われる前に食わねば。
      だが奴らがまだ来ないということは、まだ食べごろではないということだ。

172 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/05(木) 22:54:01
( ´_ゝ`) OK、ルネ・シャールのアンソロジーが出たぜ。難しい詩だな。

      おまえの心を秋の親戚の、あの優しさに任せるな。優しさは穏やかな物腰と愛想の
      よい苦悶を秋から借りているのだ。眼は早々と皺を寄せてしまう。苦しみはあまり
      言葉を知らない。おまえは重荷を背負わずに横たわるほうがよい。翌日を夢みよ。
      そうすれば、おまえのベッドは軽くなるだろう。おまえの家にもう窓ガラスが
      なくなることを夢みよ。おまえは風と、一夜のうちに一年を駆けめぐる風と一体に
      なろうと急いている。他の者たちは調子のよい合体、砂時計の魔術しか体現しない
      肉体を歌うことだろう。反復される感謝を断罪せよ。のちになって、おまえは
      不可能なものの領主、解体された巨人のようなものと認められることだろう。(…)
                       ――― ルネ・シャール「私は痛みに住まう」

173 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/06(金) 21:02:26
( ´_ゝ`) 解説よむと「ガラスというのはシャールの場合、一貫して意識を意味する」
      という具合にいろいろ書いてあるんですけども、なるほどそれはちゃんとした
      調査のうえでそういう解説してるわけだが、言葉を置き換えて意味をとるという
      作業をしてるだけだから、それだけで解釈と言えるならば、最初から意味とおる
      言葉で書けばいいという話になる気もします。が、じゃあどうすればいいのかと
      いうと、巧いことも思いつかないから置いておくとして、その代わりに解説という
      ものはやはりそういう予備的な作業のことを言うのだから、これはこれで
      いいのかもしれないと思い直してみました。というのは、こういう圧縮された
      表現の場合には、読み手の側でいろいろ読み込んでいかないといけないわけで、
      読み込む作業は自分の読みたいように読むことを誘いもするから、それなら
      ことさらに詩なんか読む必要がなくなって、自分の思いたいことを思いたいときに
      牛みたいに反芻してれば済むことにならないか、となったからです。
      読書は唯一ゆるされた悪徳とか言われるのが、一義的に正しい解釈というのが
      存在しないからだとされるのは、確かに言わんとするところは了解できるけども、
      俺がやりたいようにやるという啖呵以上のものでもないなら、どうでもいい。
      むかし、高野文子がなんで本をよむのかと聞かれて、「賢くなるために決まっとる」
      と答えていて、徹底してるなあと感心したんですけども、別に賢くならなくても
      いいというか、ものなんか知らなくてもいいから、自分には思いもよらないことが
      世の中にはどうやらあるらしいという寛容な態度になればよいのだろう、
      でも、それはそれでやっぱり賢くなったことにもなるだろう、と思いました。
      あれなんかいつもの通り最初の話からずいぶん離れてしまって、収拾もつかない。

174 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/06(金) 21:09:52
( ´_ゝ`) ともだちに高野文子のマンガを軒並み貸したまま別れてしまって、
      どこにいったか分からないことに気付いた。いま気付いた。

175 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/06(金) 21:33:46
( ´_ゝ`) いやつまり難解というのはどういうことかということを考えてみたかった。

176 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/08(日) 00:40:25
( ´_ゝ`) 何が「寛容」だ、ばかやろう(北野武の声で)。

      というわけで、これからは玄関で見つけたサナギが羽化するのを観察して過ごします。

177 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/08(日) 22:37:10
( ´_ゝ`) 晴れたので、漁協で買って来たカレイを干物にしました。おいしゅうございました。

178 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/09(月) 19:56:46
( ´_ゝ`) サナギは何か緑色の汁を吐き出して死んでおりました。観察おわり。

179 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/09(月) 19:59:15
( ´_ゝ`) そういうものだ。

180 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/11(水) 00:25:58
( ´_ゝ`) おれが古いいくさの歌をうたったら
      みんな日暮の桟橋に集ってくれ
      いまはなつかしい硝煙と
      その匂いのなかに
      あたらしい屍体の雨をふらすから
                ――― 鮎川信夫「私的戦術」より

      …ふとブラックラグーンなど思い出してみたりみなかったり。

181 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/14(土) 03:16:31
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=TQFsFD6lYq8
      暑くなると調子が狂って動悸がしたりするので、
      そういうときはBPMの速い音楽を聞いて心臓を調整します。
      Dj Patife などがよく効きました。きゅうーしん、きゅうしん♪

      しかしだるいな。

182 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/14(土) 22:31:51
( ´_ゝ`) 今日は七月の十四日で、給料日まであと一週間ある。
      財布の中には2000円があって、それでも本屋に行くのである。
      実に習慣は恐ろしい。ところが、書架には吉田健一の未収録エッセイが置いてあり、
      それがきっかり1500円であった。それで、この2000円はこの本のために財布に
      残っていたと分かった。懐は寂しくなったが、心は豊かになった。

      ぱらぱら捲ってみると、一遍一遍は短いからすぐに読める。「堀田さんのこと」
      というのがあって、これは堀田善衛についての文章だった。『若き日の詩人たちの
      肖像』のなかには、酒の肴が足りないところを、Mardrus版の千夜一夜物語から
      御馳走が出てくるのをフランス語のまま諳んじて補う「元の駐英大使の坊ちゃん」
      というのが出て来て、吉健だと分かる。文中で、堀田さんが出征した頃は
      まだ戦局も酷くはなくて、とあったが、堀田さん自身の時局認識とはどこかズレて
      いるようだ。それから、堀田さんのことを書くと言っておきながら、堀田さんの家の
      秋田犬のことばかり書いているのも、やっぱりどこかズレている。吉健の犬好きは
      相当なものだったそうだが、仕事において学んだものや、ひとりの人間の書くものの
      息遣いということを論じようとすると、いつかその秋田犬の話にすり替わるのだから
      よっぽどのものだったと知れる。

      それにしても、吉田健一を読むと文体が吉田健一になるので、気味が悪い。

183 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/15(日) 20:31:02
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 |    物忌    |
 |________|
    ∧∧ ||
   ( ´_ゝ`)
    / づΦ

184 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/19(木) 00:14:54
( ´_ゝ`) もう梅雨飽きたよ。イライラ。

      イーヴリン・ウォー『ブライヅヘッドふたたび』、読んでるところ。
      なんやかやと滅入ることばかり続いて気がくさくさする。こういうときは、
      美味しいものでも食べにでかけるか、踊るか、寝るか、諦めて作業に没頭するか
      しかないんだけども、この間は吉健の本もよんだことだし、ここはひとつ長編でも
      読んでみようかと、吉健訳の "Brideshead revisiited" をぱらりぱらり。
      拙者はこれ読んで、ますます滅入ってしまったでござるよ。だって、
      「過ぎ去りし青春の甘美な思い出」を、これでもかこれでもかっつうくらいに
      味わわされるから。そんなものそもそも存在しないッ、とバッサリやれれば
      いいけれども、拙者の血にも100年前に罹患した世紀の病ノスタルジー菌が
      蔓延って突発的に発作が。ごほごほ。
      ときは1940年代。まだ戦争は終わっておらず、主人公チャールス・ライダー大尉は
      イギリス国内で自分の部隊を率いて移動中でありました。このたびの移動で、
      ようやく実戦に赴くことになるかと、長い軍隊生活で自らの行く末に関心を失い
      かけていた彼は、ぼんやりと考えていたわけですが、一晩の行軍を終えて新しい
      キャンプについてみれば、なんと彼が学生時代に親友と過ごした美しい曾遊の地、
      ブライヅヘッドだったのでした。そこで彼は、図らずも「曾てアルカディアに」
      遊んでいた頃のことを思い出していった…という感じです。以上、話の導入。
      アルカディアっていうのは、古代ギリシアの伝承において桃源郷と考えられていた、
      ペロポネソス半島の一地方とことです。

185 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/19(木) 00:30:00
( ´_ゝ`) ウォーというおひともそうですが、グレアム・グリーンや、あともう少し上の世代
      の英国の文士には、宗教色の非常に濃いひとたちがいまして、T.E.ヒュームとか、
      エリオットもそうですが、「原罪がどうしたこうした」とか言うのが好きでした。
      そういえば、前に言った吉健エッセイ本にも、「英国の現代文学に認められたる
      信仰の問題」という一遍が載ってました。何人か名前あげたうちの最初の二人は
      カトリックのひとでして、従いまして、この小説の主人公たるチャールスさん、
      というか、もう青年時代の話が主なんだから君づけでよかろうチャールス君は、
      その友人にしてブライヅヘッド城の住人セバスチアン・フライト君のお家の
      宗教すなわちカトリックの感化を受けて、最後には改宗するのであります。
      といっても抹香臭い話はそんなに出てこないのではないかしら。
      このセバスチアン君がえらく変わったひとで、長く続いたアリストクラートの家系
      にはそれは見事な変人が続出するという俗言を真に受けたようなひとでした。
      19歳の美しい顔立ちをした非常に魅力的な子なんですけど、いつでも熊のぬいぐるみ
      を持って歩いている。ちなみにお名前がアロイシアス。セバスチアンのお目付役で、
      変なことしでかすと怒るのです、彼は「ひどく旧式な熊公だから」。

186 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/19(木) 00:53:12
( ´_ゝ`) 「従いまして」ってのもえらく強引な話の繋げ方だな。まあいいや。そういう訳。

      「過ぎ去りし日の甘美な思い出」というのは、オックスフォードの学友であった
      チャールス君とセバスチアン君の友情でして、まあ、当然のことながら、
      それが甘美なものになるためには、痛ましい終わり方をしなければなりません。
      それがどのように痛ましいかは言わないでおくとしても、ただ今回ぱらぱらしてて
      なるほどなあと思ったのは、「青春の終焉」というのが、この時代の長編小説の
      テーマによく見られたことでした。『魔の山』とか。そういや前に書きました
      ジョイスの『若き日の〜』だってそうですね。あと、このどうしようもない多幸感
      ですぐに思い出したのは、シュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』。タイトル
      だけで一瞬にして気が遠くなれる、「昨日の世界」、嗚呼。ジョイスは別にしても、
      どのようにして青春が終焉するかということを考えると、戦争のせいだ、という
      ことにぶつかったわけです。戦争に対する青年たちの態度の採り方は様々でしたが、
      いずれにせよ、これで青春時代が終わった、という意識を持ったことに違いはない。
      それで、いろいろそっから先にも考えないといけないことが出て来たんですけど、
      ここらでいったん停止。

      ああ、『ブライヅヘッドふたたび』は、テレビドラマにもなってるそうで。
      ロケ地になったイングランドのなんとか城には、アロイシアスのぬいぐるみが
      売ってるとかで、僕もこの古風な熊公をお目付に招請したい。
      そういえば、この熊は車に乗せてぶっとばすとゲロも吐きます。

187 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/19(木) 01:30:26
( ´_ゝ`) フアナ・モリーナ、始めて聞きました。このひと、好きになれる。
      ttp://www.myspace.com/juanamolina
      Rio Secoってゆうのが気に入りました。「乾いた川」って意味ですか。
      むー、スペイン語勉強しよう。

188 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/20(金) 00:34:09
( ´_ゝ`) 方々から会合やら何やらお呼びがかかって、ますますピリピリ、イライラ。
      拙者はもうアウトでござるよ、ベンチに下がらせてくだせえ旦那様がたお嬢様がた。

      チェスタトン『木曜の男』、はらほれひれはれ。
      ふと思い立って。いや、これも吉田健一訳で筆者がカトリックだなあ、と。
      推理小説の範疇に入るんでしょうか、推理小説読みのひとに言わせると、
      チェスタトンの「推理小説」は本格的な推理小説じゃないということになるみたい
      ですが。ブラウン神父ものもいろいろ読みましたが、個人的に抜群に面白かった
      のは、この『木曜の男』でした。あらすじの紹介は、↓で代用。
      ttp://www.m-net.ne.jp/〜h-ochi/Critique/Chesterton/Thursday.html
      いろいろ読み解くときの鍵があると思いますが、今回は特に吉田健一という
      文学者との関係からひとつ考えてみたことを。
      話の冒頭に、主人公のガブリエル・サイムとその敵対者(であるが故に恐らく
      最も近しい理解者でもあろう)ルシアン・グレゴリーの対話があるのですが、
      そのテーマは「詩的ってのはどういうことか」ということでした。グレゴリー氏に
      とって詩的であるのは、「破壊」だということになります。それに対して、
      サイム氏にとっては「秩序」こそ詩的である、ということになる。

189 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/20(金) 00:47:23
( ´_ゝ`) 書き始めたら本がどこぞに行ってしまった。もう記憶だけであることないこと書く。
      まあ、別に「詩的である」ということに詩の定義を求める必要はなくて、何が重要か
      という程度にとっておけばここでは足りると思いますが。破壊が詩的だというのは、
      何となく理解できるかもしれません。現存のものを破壊することによってしか
      歴史は前に進まない、というのはありふれた考え方であります。これに対して、
      サイム氏の「秩序」の方は、なんかぱっと聞いてもよく分からん。例えば彼は、
      鉄道のダイアグラムこそ詩的なんだ、と言います。別に鉄ちゃんじゃないですけど。
      あるいは、地下鉄に乗ってて、何とか駅の次にビクトリア駅に到着するというのは、
      これはなんと素晴らしいことか、というようなことを言います。どういうことか。
      サイム氏にとって、自然というのは無秩序なものと考えられています。なので、
      恒常的な秩序というのは実は自然なものではない、放っとけばすぐに崩壊するもの
      だということになります。というわけで、変わらないものというのは、実は
      逆説的には常に変動しているものだということになります。変化に抗して留まる、
      というのも、実はひとつの変化である、ということが言いたいみたいです。
      ビクトリア駅につく代わりに、モスクワに飛んでったらどうすんだよ、それだって
      ありえないことじゃないんだからね、という次第。チェスタトンのものの考え方の
      根っこに、懐疑というのが張り付いてる、というのはよく言われるところだとか
      何とか聞いたことありますが、歴史にはたまにこういう疑いまくって神経病む
      ひとが出てきます。明日もまた太陽が東から上るとは限らない、これまでのところ
      太陽が東から上って来たということによって、東から太陽が上るということが
      自然法則に則ったものであるかのように考える習慣がついてるだけだ、とか。
      誰だっけこれ言ったの…。

190 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/20(金) 01:11:02
( ´_ゝ`) さて、ここで翻って吉田健一。キレのない話の展開。
      彼が晩年に書いた文章には、「時間」とか「変化」といったものがテーマに
      なってるのがたくさんあるんですけど、例えば『時間』や『変化』。
      と捻りもない、そのまんまでしたこりゃ。えー、他にここで挙げてみたいのは、
      『金沢』。彼の小説はだいたい、主人公の男が友達と会って、おでん屋とか飲み屋で
      友達とだらだら美味しいお酒を飲みながらあれこれ話をする、という場面を、
      酔っぱらったような文章で延々と書いていくということによって成立してる。
      それだけでもないですが。この小説も、やはり金沢という街が好きで、毎年の
      ように友達連れで訪れてはお酒のんで、美味しいもの食べて、ということをして
      た吉健が、この街を舞台にして内山という男がひとなのかおばけなのかよく分から
      ないひとたちとお酒を酌み交わす、というものです。内山さんはほんとは東京の
      ひとで、それが金沢に小さな家を手に入れて、気が向いた折りにはやってきて、
      しばらく滞在するということをやってました。さて、問題はこの家。内山さんは、
      この家を「その辺から見れば中はそれまでと変らず荒れ掛けていて荒れ果てては
      いない」状態に保つように心を砕きます。つまり、ここで家やら庭やらは、荒れる
      に任せられてたわけではなくて、意図して荒れた状態にされていたということに
      なります。まあ、庭が庭としてそのものとしてあるためには、常時手を入れないと
      ダメだということになるのでしょうが、こうして話がもとに戻って例のサイム氏の
      詩のロジックに繋がるわけです。吉健さんは、このロジックを金沢の街そのものに
      適用していって、街の佇まいというのはそこに生活している人間の営みがそのように
      見せていく、というようなことを言って、終いには「伝統というのは」云々とまで
      言ってしまう。これがそのまま表に出て来たのが、生前最後に書いた文章の
      「変化」ということになります。たぶん。

191 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/20(金) 01:25:21
( ´_ゝ`) ああ、分かんない文章になってる。>>190の真ん中あたり、
      「よく分からないひとたちとお酒を酌み交わす、というのを書いたものです」です。

      さて、例えば『変化』のなかには、そのものズバリの文章が出てくる。曰く、
      「同じである為にも変化が必要なのである。」とか、「或るものである為には絶えず
      変化する」とか。「変化を我々とともに常にあるものを認めてゐられること」。
      もう説明する必要がなくなってしまった。逆に言えば、このことを認められない
      ときには、殊更に何かを破壊することが変化を招来することになる、ということで、
      その場合には破壊されるなにものかは固定的なもの、「符牒」ということになる。
      というのは、つまりグレゴリー氏の詩のありようになってしまう訳です。
      こうしたロジックが吉田健一のなかに生まれ始めたのがいつのことなのか、
      というのを考えながら、これから全集ひとつひとつ潰していきたいんですが、
      そのとき指標となるのが例のチェスタトンの訳本だろうということでした。
      どんどはれ。

192 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/21(土) 01:31:38
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=uiIwWR-Bg74
      えーと、三崎口からか。

193 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/22(日) 00:57:48
( ´_ゝ`) 終点は品川駅でいいのかな。>>192
      こゆの見てると、わくわくするね。
      あれ、赤い電車の団扇どっかにしまったな。どこいったっけ…

194 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/23(月) 00:00:00
( ´_ゝ`) 蒼朮を焚きひそやかにすまひけり
                   ――― 清原拐童

      「蒼朮」ちゅうのは「そうじゅつ」と読んで、「をけら」の別名です。
      「をけら」は虫のおけらのことじゃなくて植物の一種でして、
      山に生えてるのを採ってきて乾かし、梅雨どきに焚くということがありました。
      湿気払いによいというのですが、変な匂いがして敵わないそうです。
      今は手に入るのでしょうか。僕は実物を見たことがありません。
      雨続きの頃にはお香を焚くということもあって、こっちは手軽にできます。
      宮殿の中でも、橋の下でも、雨の音を聞くのはよいものである、と言ったひとが
      ありましたが、これに加えて香を聞くことがあればなおひそやかかと思います。

      ttp://www2.odn.ne.jp/〜had26900/topics_&_items2/on-okera.htm
      ふむふむ。京都祇園の八坂神社にも「おけら詣り」というのがありました。

195 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/24(火) 00:47:34
( ´_ゝ`) この時期の、夜の乾いた風にあたっていると、芯から力が抜けていく。

196 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/24(火) 22:21:56
( ´_ゝ`) 大勢での飲み会ってダメだ。精神的に辛くなってくる。
      意味もなく無性に悲しくなったりして。なんでかなー。

197 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/25(水) 00:21:55
( ´_ゝ`) ttp://www.jpopasia.com/play/3565/quruli/kotoba-wa-sankaku-kokoro-wa-shikaku.html
      『天然コケッコー』、どうゆう話か忘れちゃった。みんなで回し読みしたのにな。
      コマ割りがなんか独特だったような気がする。

198 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/26(木) 03:08:43
( ´_ゝ`) 丸出だめ夫のことを考えると、心底ほっとする。
      そんな歳になっちまっただよ。
      ボヨーン。

199 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/28(土) 01:26:49
( ´_ゝ`) ああうなぎ、ああうなぎうな、ああうなぎ。

      戦争が始まる頃、斎藤茂吉は缶詰のうなぎ(浜名湖産)を大量に買い占め、
      山形に疎開する折りにもそれをリヤカーにつんで持っていき、しかし山形では
      最上川を遡上する天然うなぎを食べられるので手もつけずにいたのを、
      戦後に東京に帰るときにも後生大事に運んでいって、結果的には戦前戦中戦後の
      かなり長期に渡って缶詰うなぎを食べては歌を作っていたそうな。

      ああ、うなぎ。品薄と聞くだに食いたくなる。
      しかし、うなぎ屋というのは、なんであんなに立派なんだろうか。

200 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/28(土) 22:02:26
'[wall]_
( ・_・) >>199
     「土用の丑の日」は平賀源内が思いついた、とは良く聞きますが、
     考えてみると、「うなぎ屋」というものは、
     それ以前から商売として成り立っていたんですね・・・ w

201 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 01:25:26
( ´_ゝ`) いつぐらいから、うなぎだけで商売するようになったんでしょうかねえ…
      あれ考えてみる変な感じがします。「イカ屋」とか「バチマグロ屋」とかは無いのに。

202 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 02:07:42
( ´_ゝ`) ともだちからフランス土産に古絵葉書をもらいました。
      投函された日付は1925年6月18日。ブレストから出されたもので、
      宛先は友人へ、となっています。おそらく葉書を書いた本人のであろう写真が
      絵柄になってました。水兵さんで、白黒の写真に着色が施されており、
      「彼方にて、遠く離れた思い」という文句が書いてありました。
      裏の文面は筆記体なのでよく読めませんが、「ブレストには土曜日の午後に
      着いた、旅はほんとに素晴らしいもので云々」とかなんとか書いてあります。
      単語をあまり知らないので予想をつけて読むのも難しいのですが、そのうち
      誰かに手伝ってもらおうかと思います。
      しかし、これ書いたひとは、80年もあとに自分の葉書が日本にあるなんて、
      考えたことなかったでしょうねえ。写真の男性はまだ二十歳かそこらで、
      二次大戦が終わる頃には中年にかかっていたでしょう。
      生き延びたか、どうか。

203 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/07/29(日) 09:58:58
>>202
会社の倉庫などを整理していたら、大正から昭和初期にかけての
写真や手紙、はがき類が大量に出てきたことがあります。
創業者一族のものらしいのですが、現当主ではさっぱりわからない
遠い親戚のものらしく、どう処分したらいいのやら。

204 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 17:26:45
( ´_ゝ`) 僕がもらった古絵葉書、それから古写真なんかももらったんですが、
      これらは古本屋だったか蚤の市だったかで買ってきたものだそうです。
      個物蒐集の愛好者がいて、ちゃんと品物として流通してるんですね。
      写真なんかは好きなひとがいると思うので、差し支えなさそうなら、
      古道具屋さんに相談してみる、というのがよいのかもしれません。
      普通のはがきだと、売れないというか、売りにくいでしょうけど…

205 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/30(月) 00:00:20 0
( ´_ゝ`) W.G.ゼーバルト『アウステルリッツ』。何度よみなおせば気が済むんだ!
      いや、古写真が手に入ったものですから。この小説にも随所に写真が挿入されて、
      それが全て話しの筋に関わるものだから、写真という現実にかつてあったものを
      指し示すものが伴うことで、フィクションの物語が現実にあったものであるように
      思われる、という細工が施されています。実際は、全く関係ない、相互に脈絡ない
      写真を持って来て、あれこれ貼っているだけのようですが。不思議な感覚。
      こうした品物が「遺品」であるという意識を、たぶん彼が持っているだろうことは、
      彼の『移民たち』の最初の短編、「ドクター・ヘンリー・セルウィン」の末尾に
      新聞の切り抜き(これは写真じゃなかったけれど、機能は同じだ)が載っていて、
      それはある男の友人が何十年も前にアルプスで遭難したのが、最近になって
      氷河の下から発見されたということを伝える内容であったこと、つまりは
      死者とその記憶の帰還を伝えるものだったことから、推察できる気がする。
      対象を記憶し、見させはするが、触れて、働きかけはさせない写真というものが、
      後ろ向きで虚しくも死にばかり傾いていくゼーバルトの小説の登場人物に、
      なんと相応しいことか。

      とここまで書いてきて、>>88の自由の女神云々の話は、僕の記憶のなかで
      ゼーバルトの小説の要素がリミックスされて出来たフィクションであることが
      判明しました。「ドクター・ヘンリー・セルウィン」の登場人物、セルウィン博士
      は、リトアニアからの移民で、ニューヨークに行くはずがロンドンに着いた。
      到着の知らせで甲板に出て、みんな自由の女神像を見ようとしたが云々…
      というところが元ネタになってました。ああ、すごい。まるっきり逆転してるよ…

206 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/30(月) 22:44:31
( ´_ゝ`) 八月になる前に秋の風情が漂っているのはどうしたことか。
      今年は猛暑になんて言っていたわりに、全体的にみれば涼しいものだ。
      季節の雰囲気というのはなかなか言葉で説明しづらいけど、例えば匂いとか
      空気の質感が変わったなあ、と気付かされることでなんとなくは理解している。
      前に住んでた川沿いの家では、そういう曰く言い難い秋の雰囲気が漂いだすのと、
      川から上がってくる湿気が軽くなるのと同時くらいだったから、強いて説明するには
      その湿気の程度を目安にすればよかった。風が爽やかになる、というのが実によく
      感じられた。それまでは除湿器をかけないと、床にカビが生えるかというほど
      水っぽかったのだ。家の前の通りはまっすぐに西に向かって伸びていて、
      その道の果てるあたりは、いまどき朽ちかけた油塀からお墓が覗く荒れ寺で、
      その前には赤提灯のさがった、やっぱりいまどき朽ちかけた一杯飲み屋があった。
      風はその通りを、そちらの飲み屋のあたりから家の方に吹き抜けてきて、
      しかもなお乾いているものだから、むこうで炙りものをしていると、そのけぶい
      のがこちらまで微かに漂ってきた。今日はそのときのことを思い出した。

207 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/31(火) 23:32:23
( ´_ゝ`) その川にはもちろん橋がかかっていた。
      川っぷちを流れと並走してくるバスは、橋のたもとで大きく迂回して橋上に
      登ってくる。登りきったその辺りに停留所があって、街に出かけるときには
      いつもそこでバスを待っていたのだが、そういう待ち時間というのはこの上なく
      のんびりしたものだった。水辺は緑地と、近隣住民の違法菜園が半々くらいに
      なっていたので、野菜をかついだひとや犬を散歩するひと、部活の練習で
      走り込みをしている子供たちが、三々五々という風情で、丈高い草の合間に
      見え隠れしている。そしてその風景の奥には、いつでも緑色に深い輝きをのせた
      流れがあって、その律動にあわせて自分がそこにいるのが感じられた。流れは
      冬でもとどまることがなかった。近頃では、氷がはることが少なくなっていた
      からである。ただ寒くなるにつれて、川面が少し銀色がかって見えるようになる。
      朝早く、仕事に行くためにそこに立っていると、だいたいいつでも同じひとたちが
      自分の両脇に並んで白い息を吐き、別に互いに声を掛け合うでもなかった。冬の日が
      自分に当たるのを、銘々が銘々、律儀に待っているようだった。川霧をすかした
      日が、みなの影を伸ばす頃になって、ようやくバスがえっちらおっちら、橋の上に
      姿を現す。そういう過程の一つ一つが必要不可欠である感じがして、同じことが
      繰り返されて飽きるということを知らない日々だった。懐かしや。

208 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/07/31(火) 23:39:29
( ´_ゝ`) その夜、ぼくはなかなか寝付けなかった。朝、ぼくが最初に橋に着いた。一番近くに
      住んでいたからだ。庭のはずれの誰も寄り付かない灰だめの近くの、深い草むらの
      中に本を隠していたから、運河の土手を急いだのだ。六月の最初の週のことで、
      穏やかな太陽の輝く朝だった。ぼくは橋の手すりに腰掛け、前の晩に白色粘土で
      入念に磨いた華奢なズック靴にほれぼれしながら、勤め人をいっぱい乗せた鉄道
      馬車を引いて丘を登ってくる従順な馬たちを見やった。遊歩道に沿って並んだ
      高い木々の枝は、どれも小さな淡い緑色の葉で鮮やかに彩られ、太陽の光線が
      葉の間から水面に斜めに射していた。橋の大理石が温かくなり始め、ぼくは頭に
      浮かぶ曲に合わせてそれを両手でたたき始めた。とても幸福だった。
                       ――― J. ジョイス『ダブリン市民』「出逢い」

209 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/03(金) 20:38:12
( ´_ゝ`) 涼しいとか言ってたのに、もっすごい暑いわ。
      日焼けしまくった。アラブ頭巾が欲しいでぃす。

210 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/05(日) 00:58:00
( ´_ゝ`) ゼーバルト『土星の環』。読み始め。
      白水社から出ているゼーバルト・コレクションに、新しい一冊が加わりました。
      イギリスの東部サフォーク州を、語り手が徒歩でぶらぶら歩きつつ、
      見たもの聞いたもの、思い出したものを、つらつらと語っていくエッセーです。
      語られるエピソードの一つ一つは、ゼーバルトの他の小説と通底するものがあって、
      なるほどこりゃ確かに同じ作者の書き物だわな、と思いました。描かれる風景
      のみならず、それの下で読取られる記憶や読取り方自体にも、うすら寒い、
      気違いじみた孤独のようなものが張り付いているようでした。相変わらず
      写真がいっぱいですが、ひとっこひとりいない海岸の写真がよく顔を出します。
      最初の一遍に出てくるジャニーンさんというひとの研究室の描写がおもしろくて、
      フロベール研究に打ち込んでいるこのひとは、ひたすら書かれ堆積していく一方の
      メモや書類の束に押し出されて、部屋のなかを机から別の机へ、果ては一脚の椅子
      にまで、作業の場所を求めて放浪しなくてはならないのです。程度のの差こそあれ、
      自分の部屋の本柱のことを思うだに、みんな似たようなことをする、と笑いました。
      ゼーバルトはドイツ出身で後にイギリスに移住したのですが、このひたすらな
      ぶらぶら歩き、リュックサックを背負っての徒歩旅行というのが、いかにも
      ドイツ人らしい感じがしました。お里が知れる感じ。

211 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/05(日) 21:45:28
( ´_ゝ`) 5、6年前、よく行く本屋さんに、それはそれはかわいい店員さんがおりました。
      いつも鈴をつけて書架の整理をしていたそのひとは、あごのホクロがちょいと
      セクシーで、あんまりかわいいので見るたびにがっくり打ちのめされてたのですが、
      そのうち店では見かけなくなりました。そのときは、ああ、鈴の音が聞こえなく
      なって寂しいなー。と思ったものでしたが、しばらくたつうちに忘れました。
      今日、その本屋さんに行ったら、レジにそれはそれはかわいい店員さんがいて、
      おやあれはもしかして…と思ってるうちに、果たせるかな同じ方だと気付きました。
      鈴はなくなってましたが、あいかわらずホクロはセクシーでございました。
      どんどはれ。

212 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/09(木) 23:45:14
( ´_ゝ`) セイロ蕎麦たべるたびに、思い出す話。
      戦後まもない頃、商売を始めた祖父が横浜に買い出しに出かけた時のこと。
      彼は昼食をとろうと食堂に入り、蕎麦を注文しました。出てきたのは、
      セイロに入ったお蕎麦。ところが、祖父はそれまでセイロ入りの蕎麦というものを
      見たことがなく、困ってしまいました。どうやら、小さな壷につゆが入っている。
      このつゆでめんを食べるのだろうが、それにしては器の底が浅いではないか…。
      つけ麺という概念がなかったので、彼は結局、セイロの上にそばつゆを
      ぶちまけてしまったそうです。あとは推して知るべし。
      ものすごいカルチャーショックだったろうなー。

213 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/10(金) 23:48:21
( ´_ゝ`) Ground-Zero『LIVE 1992+』。
      ヤマタカEYEが咆哮し、広瀬淳二のサックスが絡み付く「VS」。
      なんだべこれどっかで聞いた趣き…と思ってたら、アレだ。
      タモリがハナモゲラ語で「イパネマの娘」を歌ったやつにちょっと似てるのだw
      「コケーッコッコッコッ…クックドゥルドゥー!!!!!」とか叫んでたんですが。
      これってフリージャズのDNAですかよ。

214 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/12(日) 22:59:54
( ´_ゝ`) 「残暑ざんしょ」でぐぐると948件。

      そ、そんなバカなっ!
      この国は…この国はどおなってんだぁぁぁッ!!!

215 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/08/13(月) 09:00:25
>>214
少なすぎますよね

216 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/13(月) 23:19:49
( ´_ゝ`) 少なすぎますっ!
      そんなダジャレ思いつかねーよ。
      と言われてるみたいで釈然としませんっ!プンスカ

217 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/08/14(火) 09:10:23
「残暑が厳しいざんしょ」なら1430件
ちょっと仲間が増えましたよ!

218 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/14(火) 13:59:08
'[wall]_
( ・_・) 暑いざんしょ に一致する日本語のページ 約 1,310 件中 1 - 50 件目 (0.42 秒)

219 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/14(火) 21:13:31
( ´_ゝ`) 「残暑 ざんしょ」でも36100件。

      これ以上は増えるまい。ふっ、いずれにせよ少数派か。
      まして、田中麗奈ヴォイスによる「残暑ざんしょ?」が
      脳内自動再生される男に至っては、十指にも満たないだろう…

220 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/15(水) 21:25:54
( ´_ゝ`) 気付くと寝てしまってるこの暑さ。当然、夢見も悪い。
      アメリカ帰りの友達(という設定のひと)に、英文添削してもらってて一言。

      「ここは文法的に通らないこともないけど、正確には fuck 入れないとダメだね」
      「え、ファックですか?」
      「うん、ファックですね」

      目が覚めても寝惚けてる限り、そういうものか…と思ってしまうのが夢。
      そんなのってあるかい。

221 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/15(水) 21:49:45
( ´_ゝ`) 岡本喜八『日本のいちばん長い日』。昨日の夜というか今日の明け方に、BSで。
      1945年8月14日から翌15日にかけての終戦工作と、近衛師団が中心となって
      行われたクーデター未遂事件、いわゆる「宮城事件」の顛末を描いた作品でした。
      タイムリーなことに、映画の時間と実時間が重なってたわけですな。
      血しぶきが立ち、首が転がる、なかなかサービス精神の旺盛な映画。
      三船敏郎が切腹とかするわけです、超痛そうでした。
      ショッカー、立喰い師、平成教育委員会のひとで記憶に留まる?天本英世さんが、
      横浜に駐屯する在郷軍人の役で出てきます。鈴木貫太郎首相公邸を襲撃したり
      するんですけど、コレがものすごいことになってた。台詞、何言ってるか分からん。
      「さくせーんもくてーき、ひとーつ、なんたーらかんたーらをほーーっすー」式に
      文語調を間延びさせつつ、ノドから絞った声でガンガンやる。首相公邸の門扉を
      乗り付けた自動車で吹っ飛ばし、砲列連ねたど真ん中に逆光あびて仁王立ち。
      「てぇぇぇえぇぇッッーーーー!!!」しかしドアは破れず、最終的にはノック。
      なんか間抜けでしたが、どっちにしろヤバかった。

222 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/17(金) 03:43:26
( ´_ゝ`) 締め切りのバカ。

      Nur einen Sommer gonnt, ihr Gewaltigen!
      Und einen Herbst zu reifem Gesange mir...

223 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/17(金) 19:21:20
( ´_ゝ`) はぁー涼しい。

224 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/18(土) 00:50:02
( ´_ゝ`) ttp://r.gnavi.co.jp/g198900/
      ttp://www.tavinci.jp/column/kirin/0014.html
      メモ。神田須田町「ぼたん」の鳥すきやき。
      ちょっと値が張るけど、木枯らし吹く寒い頃に行ったらよさそう。

225 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/18(土) 01:12:15
( ´_ゝ`) 鳥の鍋物ってどうしても秋冬のイメージだけど、サムゲタンは夏場の料理なのか。
      肌寒くなる頃に近くの韓国料理屋に行って、サムゲタン喰って温まってたけど、
      邪道な喰い方だったのかな。あの店、普通の焼肉屋に化けちまってショックだ…。
      ttp://www.seoulnavi.com/food/food_mid.php?f_mid=38

226 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/19(日) 00:01:53
( ´_ゝ`) ひとから聞いた話。
      よく行く街で、数年前に大規模な地下開発工事があった。地面を掘り進めたところ、
      大量の人骨が出てきたのだが、どうやら江戸期の飢饉で死んだひとをひとつ
      ところに放り込んで供養した墓穴にぶつかったものらしい。その後、出てきた骨が
      どこに行ったのかは知らないが、近在は寺町なので、どこぞの寺に塚でも作って
      再び供養したであろうとの由。その辺りは江戸期に形成された街区がそこで停止した
      人外地にあたっているので、確かに寺社が集まっている。それに、そもそも街区が
      停止したのは、そこがもともと手の入れ難い湿った原野であったのだから、当然に
      野晒しも方々に転がっていた。そういう土地には、それに相応しいものが積もって
      いくものだから、積もり積もったものは上層に滲み出てくる。昭和初期には
      法定伝染病を扱う指定病院が建つ、寺々の樹林の暗がりを嫌って人通りも稀である、
      そういう訳だから先の戦争でも空襲の対象から外れて焼け残り地域にもなる、
      ますます道路は立て込み風も抜けない。風が抜けなければひとの想いも溜まる一方、
      これでおばけのひとつも出なければ嘘というものだ云々。

227 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/20(月) 21:49:30
( ´_ゝ`) 「[ビショップスゲイト外郭にあった精神病院・救貧院ベドラムの漂白場と、
       その外縁部に作られた墓場の上に]1865年に建てられたブロードストリート駅
       が1984年に取り壊された際、タクシー乗り場の下を掘削したところ、四百体を
       超える遺骨が出土したといいます。当時、なかばは建築史的な興味に駆られ、
       なかばは自分でもしかとはわからないままに、とアウステルリッツは語った。
       私はたびたびあのあたりに足を向けては、死者の残骸の写真を撮影した
       ものでした。たまたま言葉を交わした考古学者が、ここの穴から掘り出した
       土からは一立方メートルあたり平均八体分の遺骨が見つかる、と話していた
       ことを思い出します。塵と骨と化した肉体の埋まるこのような地層の上に、
       十七世紀から十八世紀にかけて市街が伸びていきますが、そこはロンドンの
       最下層住民のための、梁と粘土とありあわせの材料で造った、悪臭芬々たる
       家々と路地とがごみごみと込み合う地区なのでした。1860年と70年ごろ、
       北東の二つの駅の建設がはじまる前にこのスラム街はすっかり取り払われ、
       埋葬されていた遺骨もろともに、莫大な量の土が掘り取られ移されます。…」

228 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/20(月) 21:52:22
( ´_ゝ`) 似てると言えば、似てる話だ。

229 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/21(火) 19:21:00
( ´_ゝ`) ttp://www.jewishgen.org/JCR-UK/susser/alderneyroad.htm
      アウステルリッツがロンドンでオールダニー街を住居としていた、という設定
      からして、これは当初からユダヤ臭い話だったらしい。↑ここに出ている
      Inscriptions in the Alderney Road の隣のアパートに彼は住んでいるという
      設定になっているらしいのだが、それはここに挙げられている墓碑銘のなかに、
      ロンドンのバールシェム(神の御名を使って奇跡を行なう人の謂い)であった
      Samuel Jacob de Falk (1708-82) の名が見られることから明らかだ。彼の名は
      ゼーバルトの本に出てきているから、間違いないだろう。言うところによれば、
      この墓地は1656年の移入以後、最初にイングランドに造られたアシュケナージ系の
      墓地であるとのこと。

230 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/22(水) 00:49:39
( ´_ゝ`) ttp://jp.youtube.com/watch?v=iG5bMLgN7j4
      これはw

231 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/26(日) 03:50:45
( ´_ゝ`) 疲れた。もう一踏ん張り。

232 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/30(木) 22:17:08
( ´_ゝ`) あー、やっとゆっくりねれるー。

233 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/08/31(金) 23:51:20
( ´_ゝ`) 思えばこの一週間、約半分を船に揺られ、あることないこと書いて喋って、
      隙を狙ってはひたすらビールを胃に流し込み、寝ぼけた頭で映画を見まくっていた。
      今となっては地面が揺れないのが不思議で仕方ない。船上で見る夢は、陳凱歌が監督
      であった。実家の土台が抜けて床が斜めになる。いまだに世界は震度1だ。
      家に帰って見る夢は、川島雄三が監督であった。第2次大戦後、世界は若さに
      寛大すぎた。今となっては一度としてゲロを吐かなかったのが不思議で仕方ない。
      隙を狙ってはひたすら三半規管を太洋の波に同期させ、ふらつく脊髄をカニが
      浸食しまくっていた。思えばこの一週間、約半分が世界の裏側へと漂い出し、
      あることとないことのあわいすらも怪しげであった。船、船、どこへ行く。

234 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/01(土) 00:16:57
( ´_ゝ`) トリエステで、彼は天使に出会う。
      9月14日、夜の街に叫び声が聞こえる。天使が、北からの旅人を殺しているのだ。
      天井を破り部屋へ押し入った剣を持った天使は、微かな光を燭台に載せる天使へ変貌した。
      彼はその灯りの下に座り、一晩を過ごす。

235 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/01(土) 14:09:13
( ´_ゝ`) 山から地上を見下ろすと、セコセコしても仕方ないわな、と達観できるけども、
      海から地上を見やると、人間の世界はいいもんだな、と寂しい気持ちになります。
      甲板から身を乗り出して波間を見てみると、冷たくて重くて、ここに沈んだら
      そりゃ化けてでも家に帰りたくなるだろう、と思いました。
      何十年か前に父親の実家の近くで海難事故があった折り、夜になると海から
      デロデロになった亡者が上がってきて、浜辺で焚火をして暖をとろうとしていた、
      という話とか、冬場に風呂の蓋を開け放しにしておくと、海で死んだ人間が
      入りにくるから蓋は閉めておけとか、そういう話を思い出して、つまり寒いってこと
      なんだな、そういうことか、と納得できました。

236 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/01(土) 14:21:27
( ´_ゝ`) 「僕も信天翁を見たことがある。それも南氷洋、オーストラリアの南の海で
       われわれを追いかけてきた。それも南洋の冬。船は、ほとんど空のP&O汽船の
       ボートだった。そのインド人水夫たちは寒さで震えていた。
       長い両翼をひろげた鳥がわれわれを追いかけている、と思うと、どこかへ
       去ってしまった。やってみるまでは、だれだってどのように迷ってしまったのか、
       またこの南洋の海が、そして、ちらっと見え隠れするオーストラリアの海岸が
       どれほど孤独なのか分かっていなかった。
       こうしたことから、われわれにとっての一生涯はたった一日にすぎない、と
       感じるようになる。われわれが存在を失ったとき、向かい来る暗闇の向こう側に
       豊かな日々がうごめいている、と感じるようになる。
       どれほど完璧にわれわれが滅亡するかなど分かりようもないはずだ。」
                      ――― D.H.ロレンス『アメリカ古典文学研究』

237 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/02(日) 20:48:46
( ´_ゝ`) 古井由吉、松浦寿輝『色と空のあわいで』、読んでる途中。
      古井由吉の小説って、ほんと難しくてよく分からんです。『辻』に載ってる
      何編かは、男と女の話で結構あまずっぱい想いで読んだんですけど、
      これも改めて考えてみると難しいし。最近、立て続けに本が出てるなあ。
      講談社文庫には、知らんうちに『野川』が入っておったし。
      キーワードは「音」かしらん。

238 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/03(月) 20:29:16
( ´_ゝ`) 友達の家に泊めてもらったら、
      ひたすらゲームセンターCXの録画を見せられて往生しました。

239 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/05(水) 21:18:39
( ´_ゝ`) 「ノシメマダラメイガ」というのが米から湧いて出た。すごいなー。
       日干ししようにも、台風が行かないことには…
       ttp://www.ikari.jp/gaicyu/11010d.html

240 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/05(水) 22:12:42
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=NpAJAwSZJ80
      ノシメマダラメイガ(成虫)
      ttp://www.youtube.com/watch?v=BDGjKXI4gbs
      ノシメマダラメイガ(幼虫)

      うーむ、スターシップトゥルーパーズ。

241 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/05(水) 23:47:34
'[wall]_
( ・_・) ゼネラルプロダクツ社製船殻に繭型ってあったような?
     スタジオぬえの「スターシップライブラリー」で
     遠い昔に見たような・・・

     そいえば、「SFマガジン」もう何年も買ってないな(^o^;)汗.

242 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/06(木) 18:59:35
( ´_ゝ`) 取り敢えず晴れたんで天日に干してみましたが、敗北を認めることにしました。
      アリがガの幼虫を襲う壮大な狩場になっちまって、もはや手が付けられません ><
      漁父の利を得る、どころの話じゃない。蚊に刺されながらしばし観察タイム。すげー。

243 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/06(木) 20:16:08
( ´_ゝ`) 佐藤真『ドキュメンタリーの修辞学』。
      昨日、ふと手に取った。
      今日、新聞を開いてみたら、佐藤真が自殺していた。あー。

244 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/08(土) 00:00:49
( ´_ゝ`) 蘇った記憶。
      バルタン星人のゴム製フィギュアの一部を、食べたような気がする。

245 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/09(日) 23:42:17
'[wall]_
( ・_・) (V)o\o(V)フォフォフォ

246 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/10(月) 23:24:13
( ´_ゝ`) ちなみに歯ごたえは固い鶏肉みたいでした。フォフォフォ。

247 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/11(火) 02:26:07
( ´_ゝ`) メモ:ttp://www.wombat.zaq.ne.jp/esperanto/konzyaku/kon2711k.htm
      『今昔物語集』から、「或る所の膳部、伴善雄大納言の霊を見ること」。
      応天門の変で伊豆に流され憤死した伴善男が、疫神になった話。
      疱瘡神とは明示されてなかったか。しかし、なぜにエスペラント。

      メモ:ttp://hobby2.2ch.net/occult/kako/1032/10323/1032338511.html
      同じく『今昔物語集』に登場する陰陽師、滋岳川人の話。まとまってて便利なスレ。
      しかしなんか見たことある…と思ったら、書き込んでおった。成長ないな…

248 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/12(水) 02:39:50
( ´_ゝ`)  ttp://www.myspace.com/pianan
       ttp://www.youtube.com/watch?v=tVDyPU1e3zg
      ソナー出たのかお…

249 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/13(木) 00:25:53
( ´_ゝ`) 日本―スイス戦を見ていて、パスを受けてから動き出して、
      連携が生まれるまでの流れが、日本とスイスじゃなんか違うみたいだな…、
      とか思ってたんだけども、ふと、日本では構築的な小説がうまく成立しないで、
      私小説に大勢が流れてしまう云々という話を思い出しました。何となく。

      ttp://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200709/at00014626.html
      オシム爺ちゃんの「リスペクト云々」っていうのは、試合前の前フリがあっての
      発言だったのか。最初は皮肉いってるのかと思ったけど、これだと違うみたいなー。
      シュール系の芸人さんみたいだ、爺ちゃん。試合直後のテレビインタビューで、
      「前半と後半が分かれていてよかった」とかギャグとばしてみたのに、
      インタビュアーが「というと?」とかマジレスしちゃって、面白かったです。

250 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/14(金) 04:35:07
( ´_ゝ`) 19世紀初頭のキノコ:
      「私たちの現在の哲学は全世紀の営みの結果である。精神の国においては、
       それは、夜にキノコが急激に育つように起こるわけではない。」
                              ――― ヘーゲル『哲学史』

      20世紀初頭のキノコ:
      「それはなんらかの判断を表明するためには必然口にしなければならない
       抽象的な言葉が、小生の口のなかで、まるで腐敗したキノコのように、
       こなごなになってしまったからであります。」
                  ――― ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙』

       20世紀中葉のキノコ
       「キノコを理解しなければならない。」
                     ―――ジョン・ケージ

       20世紀末のキノコ
       「きのこさんは、『ききちがえた』というところを『きちがえた』と言う。」
                               ―――多和田葉子『胞子』

251 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/09/14(金) 09:16:16
>>249
昔、80年代後半のOh!MZかXのコラムで読んだのだと思いますけど
日欧のサッカーの違いを書いたものがありました。

うろ覚えですが、日本のサッカー教室ではチームワークを大切にし
パスしない子は怒られる。パスミスで相手にボールを与えても
一人でドリブル突破しようとしてミスしたときほど怒られないので
よほどのことがないと一人で持ち込もうとはしない。
欧州ではボールを持ったらまずドリブルしてシュートを打つことを考えさせる。
他の選手は、「ここは君がドリブルで持ち込むより、僕にパスしたほうが賢いよ。」
とアピールしつつ前線に走っていくので、ボールを持っているプレーヤーは
そっちが賢いと思えばそっちにパスし、そう思わなければ自分で持ち込む。
そのような内容だったと思います。

いまだに日本のサッカーは、ボールを受けたらパスすべき相手を探し
それがいなければシュートなりドリブルなりという優先順位で動いている気がします。
かくいう俺も実際にプレーするときは、そういう判断に流れがちなんですが。

252 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/15(土) 01:09:14
( ´_ゝ`) 最初の教育方針の違いってことですか…
      日本の選手って動き出すまでにちょっと間があるな、と思ってたんですが、
      確かにパス相手さがして周り見回してますね。で、へにゃっとしたパスだして、
      すぐにカットされちゃったり。土壇場でシュートが打てない、
      とかいう批判もよく耳にしましたし、なるほどなー、って感じです。
      海外でちゃうと、個人技が相対的にレベル高くないんでチームプレイを選択する、
      っていう側面もあるんでしょうけど。善し悪しなのかなあ。
      見てる方としては、ちんたらボールまわしとらんと前に出んかい!と思いますw

253 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/16(日) 01:10:28
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=NbKmkzR-Nc4
      ttp://www.youtube.com/watch?v=4tFc0fiLzJg
      ビデオテープの整理してたらこんなもんが出て来たので、これから見ますです。
      でもHP消耗するので、やっぱ明日みます。ぐー。

254 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/16(日) 01:20:44
( ´_ゝ`) 伊勢うどん食べ過ぎて飽きちゃった。

255 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/17(月) 00:41:53
( ´_ゝ`) タダ見券手に入れたことを思い出し、朝から映画館へ。
      主人公の子たちが、阿片すいながらソファーでぐでぐでしてるのを見て、
      家に帰ってから早速まねしてみた。阿片抜きでも超極楽。
      昼食にカレーを食べてから、部屋を片す。ザッハトルテを入れる
      きれいな木箱を発見した。ホテル・ザッハー謹製。これ、何かに使えそう。
      今日の映画のこと考えてたら、前に見たときは極度の観念性にうんざりした
      小川紳介のドキュが、ほんとはどんなに凄いのか分かった気がした。
      その途端、急にホルモン焼きが食べたくなる。もう夕ご飯の時間であった。
      明日できることは明日やろう。返す返すも、ビバ三連休。

256 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/17(月) 22:10:14
( ´_ゝ`) 日暮れた頃、ホッピーで塩ホルモン、ホッピーで塩ホルモン…と唱え言をしながら
      モツ屋さんに行ったら、入り口に張り紙がある。「しばらく休みます」。ぎゃふん。
      店主夫妻は旅行に出たのだそうな。涙をのみ、ヒレ肉を買い、カツを作った。
      食事しながら、ニュース映像に映る麻生太郎の顔に、叔父貴である吉田健一の
      面影を探してみたが、骨格以外はあんまり似てないな、と思う。
      ふと気になるところがあり、パラパラ雑誌をめくってみたら、富士川義之が
      吉健・チェスタトン関係について、一言二言しているのにぶつかった。うむ。
      考えてみれば、物置に七輪があったのだ。買い物のとき、袋詰めのモツを
      探せばよかったのだ。炭も一俵ある。火起こしの行方は見当もつかないが、
      グリルで代用できるのを『るきさん』で学習した。明日はホルモン・リベンジ。

257 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/17(月) 23:31:17
( ´_ゝ`) 豚モツ買って来た。原産国を見たら、アメリカ、メキシコ、スペイン、アイルランド、
      となっていた。世界中から直腸だけお取り寄せ、確かにこれは下手物だ。
      最後の国名を見た瞬間に、『ユリシーズ』に登場するユダヤ人、
      レオポルド・ブルームが、朝食に豚の腎臓を買いに行くくだりを思い出した。

258 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/09/18(火) 10:20:33
近所に塩ホルモンのうまい店があるんですが
結婚してからあまりいってないなぁ。

メニューは塩ホルモンにたまねぎがちょっとついて500円、それだけ。
あとは瓶ビールと日本酒。
あぁ、書いていてまた行きたくなってきた。
女房に黙って行くと、匂いでばれるのです。

259 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/18(火) 20:47:59
( ´_ゝ`) ああ、塩ホルモンってのは旭川あたりが本場なんだそうですね。
      うちの方では、塩で食べさせるお店すくないんですが、
      安いし美味しいし、一度たべたら病み付きになりました。
      せっかくですし、奥さまとご一緒に一杯やってきたらいかがでしょ。
      隠すより加担させるが上策と存じまする。

260 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/19(水) 23:59:22
( ´_ゝ`) 『灼眼のシャナ』読んでみるべと思い立ち、本屋でぺらぺらめくってみましたが、
      この漢字の使い方は、ルビ振る媒体だから出てきた発想なのかな…と思いました。
      ところで、「切なさ」ってのは、ラノベにとって必須なんだろうか。
      あんまり読んだ事ないから、よく分からんのだけども。

261 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/20(木) 00:02:36
( ´_ゝ`) ttp://www.adachitomomi.com/j/a/tomomin.html
      世の中にはトモミンなる楽器があることを知りました。
      外枠はタッパーなのかw

262 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/20(木) 00:07:43
( ´_ゝ`) ttp://www.adachitomomi.com/a/sminst.html
      かわいい外観です。

263 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/21(金) 01:28:13
( ´_ゝ`) 運動不足だおー。

264 : ◆ossarnduI6 :2007/09/21(金) 03:27:35
言い訳はいけませんねw
部屋の整理整頓だけで充分でしょう?
「紙」って結構重いですよね?w

265 : ◆ossarnduI6 :2007/09/21(金) 03:40:33
私ですか?
私なら大丈夫ですよ
引っ越した時のダンボール箱は未開封だし
新しく買った記憶もないですからwww

若い頃の方がおかしかったのでしょうね
文庫本一冊朝までに読み終えるとか・・・

266 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/21(金) 13:51:12
( ´_ゝ`) エェー、走ったりしないと体なまりますよ。
      つか、きのう近所の本屋まで行き帰り一時間あるいたら、
      どっと疲れてしまって。これじゃいかんなー、と。
      いちど家かえってから、また出たから疲れたのかな…

267 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/22(土) 01:32:25
( ´_ゝ`) 徹夜あけの散歩に出て、どこをどう歩いたか分からないうちに、
      市境にある沼の森に迷い込んだことがあった。左回りに廻れば無事に境を越える、
      右回りに廻れば沼に流れ込む小川に沿い、先は獣道に消える。知らず、右回りに
      踏み迷っていた。崖からずり落ちて木の根に足下を掬われ、泥だらけになる。
      前日までの雨を集めて小川は幾筋にもなり、辺りは一面が足の甲までくる流れに
      呑まれていた。ガジュマルの林のようなところを、キジが悠々と歩いて行くのを見た。
      それはとても奇麗な眺めだったけれど、自分は泣きたくなっていた。
      戻ろうとしても、足跡が見当たらない。滅茶に薮をこいで人家の近くに出、
      ようやっと、泥を拭おう、と思いたつまではとても長かった。
      カバンを開けてティッシュを出してと、もたもたしていたのだが、
      両の手が汚れていたのだから、これは致し方ないことだった。
      そこに、急に風がたった。白い紙切れは手からこぼれ、さっき上がって来た道を、
      ひらり、ひらり、と引き戻されていった。五月の暑く乾いた風で、
      往来には誰も見えなかった。もう遠くなった、追いつかないな、と思うだに、
      その様子が今生の別れであるような気がして、とても哀しかったのを覚えている。

268 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/09/22(土) 05:20:49
時折ふと、思い出しては振り返る。
あのときの風がまた吹きはしないかと、
わたしをあの道へ連れ戻してはくれまいかと。
されど風は、わたしの想いなど気にもかけず、また次の道へとわたしを誘うのであった。

269 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/22(土) 22:05:48
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 |    終劇    |
 |________|
    ∧∧ ||
   ( ´_ゝ`) じゃかじゃーん。
    / づΦ

270 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/22(土) 22:07:26
( ´_ゝ`) おひさしぶりです、しだれ殿。

271 : ◆ossarnduI6 :2007/09/23(日) 03:31:19
>>267
んで、続きを所望

272 : ◆ossarnduI6 :2007/09/23(日) 03:32:50
っていうか、何所からもってきたの?

273 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/09/23(日) 22:58:08
(´∀`*) おひさしぶりです、>>269に思わず笑ってしまいました。

274 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/23(日) 23:34:31
( ´_ゝ`) >>271-272
      こいつは、拙者の自前の脳みそから捻り出した文字列ですよ。
      続きとかぜんぜん考えてませんでしたが…

      >>273
      妙なオチつけて申し訳ないですw
      どーでもいい話ですけど、「終劇」って日本語じゃないんですね。
      辞書に出てこないや。

275 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/24(月) 00:59:20
( ´_ゝ`) ttp://www.myspace.com/traceythorn
      ttp://www.youtube.com/watch?v=vlJbTxelw6k
      けっこう昔のもあるなー。

276 : ◆ossarnduI6 :2007/09/24(月) 01:11:45
'[osn]_
( ・_・) >>274
     良い脳味噌をお持ちです
     感心しました -(_ _)-ペチャ(潰)

     私なんか荒らしを喚ぶくらいしが芸が無いですから

277 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/09/24(月) 20:28:16
(´∀`){>>274 いえいえ〜
こちらこそ勝手にエンディング入れてしまって申し訳ないですw
文章練らずに思いつきでつないだので再現度が低くなりました。

278 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/24(月) 21:30:12
( ´_ゝ`) メルシー、メルシー、皆の衆。
      こんな反響、予想もせなんだ。。。

279 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/24(月) 21:54:20
( ´_ゝ`) ビバ三連休のおかげで、その日は朝から夜だった♪という
      バカボンみたいな現象が発生してしまった。本日はリセットかけるべく、
      ほんとの朝から出動。メンズデーなので、今週もやっぱり映画館に出かける。
      賈樟柯『長江哀歌』。ジャ・ジャンクーってひとは、なんだか知らないけど、
      シークエンス終わるたびに小ネタを噛ますのが好きらしく、ギャグっぽいことを
      いろいろやってくれる。んだけど、いまいちギャグである確証が得られないんで、
      なんですかこれは…ということがよく起こりました。個人的には。というのも、
      後ろに座ってたオッサンは、別に何がなくとも、くすくす笑っていたから。
      そのうち寝てしまったようだけど。『世界』みたときも、アニメがところどころに
      挟まって、なんか変な感じであったな…。
      風光明媚な長江の景勝地であった奉節が三峡ダム建設のために破壊されていく
      様子を背景にして、妻と音信不通になっていた男と、夫と音信不通になっていた女
      のことが淡々と語られる、とか何とかそういう話。男女が主人公ですが、
      恋なんてありません。二人のエピソードには、ほぼ接点がないので。
      物語に盛り上がりがないので確かに眠くなるんですけど(ドキュみたいでした)、
      上半身裸の労働者がハンマーふるって、町並みを片っ端から廃墟にしていく、
      という情景は、すごく印象的です。即物的で。あのダムも、中国みたいな国の
      歴史の中では、三百年も経てば歌枕になるんではないか、と思ってしまった。

280 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/24(月) 22:08:41
( ´_ゝ`) あと、ダム建設に伴い移住するひとの情報を管理する事務所に、
      マルクス・レーニン・毛沢東と並んで、ちゃんとスターリンの
      顔写真が掛かってたので、フルシチョフ演説のせいで中共とソ連が
      袂をわかったことを今更ながら思い出しました。おおー、という感じ。

281 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/25(火) 00:19:35
( ´_ゝ`) ttp://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/4439.html
      そうかー、ドキュから派生してたのか。
      
      ttp://www.yidff.jp/2003/cat015/03c030.html
      これも機会があったら見ておきたい、けど9時間か…

282 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/25(火) 01:05:21
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=N-bvbeqFHpY
      ryoji ikeda のシンガポール。ほんの10日前の出来事であった。
      >>149は、スペインの5月。

283 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/25(火) 20:05:14
m9( ´_ゝ`) ふ、貴様の動きは全てwikiった…

284 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/25(火) 20:06:40
( ´_ゝ`) いまひとつ。

285 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/26(水) 22:47:39
( ´_ゝ`) 加古里子の『地球』って絵本が好きで、今もすぐに手に取れるところに
      置いてあるんですけど、今朝もペラペラめくっててすごいことを発見。
      マントルと核との境界付近に「グーテンベルグ不連続面」ってのが
      あるそうなのですが、この境界は地震波の伝達速度の変化から、1926年に
      明らかになったそうです。加古さんは、「じしんの つたわるようすや はやさの 
      ちがいなどから ちきゅうのなかの しくみを こまかく しらべてきたのです」
      とか解説してるんですけど、絵の中でも核表面でS波が跳ね返されている
      様子を実は細かく描写している。すごい。核部分の組成も、化学式つかって
      書いてて、高校生くらいまで使えるんじゃなかろうか。侮れん。
      16世紀のチェコの学者にコメニウスっていうひとがいて、『世界図絵』っていう
      絵入りの子供用百科事典を描いてるんですが、加古さんの絵本はそれとすごく
      似たシステムで描かれてて、絵の脇に名前が書き込まれている。「やまかがし」
      とか「はんみょう」がどんな姿をしているかとか、「やまいも」がどういう
      具合に生えてるかとか、僕は全部この本で知りました。全部水彩で描いてあって、
      実物との対応つけるのにワンステップ必要ですが。絵が時代を反映していて、
      地中を「気送管」が走ってたりするのを見つけたりするのも、面白いです。
      こういう大規模な気送管って、どういう風に使われてたのかな…。

286 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/09/26(水) 23:08:03
加古里子のかがくのほん
「地球」と「海」を持っていました。
今でも実家にあるかなぁ。

必要ないような細かな事物に名前が書き込まれていて
おもしろかったですね。
「宇宙」というのもあったような。

287 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/27(木) 19:26:31
( ´_ゝ`) ありましたね、三つ一揃いで「かがくのほんシリーズ」。
      他にも「台風」とか「川」とか「ほしのほん」とか、いろいろ…
      科学ものだけじゃなくて、「どろぼうがっこう」みたいなお話ものも
      すごくおもしろかったなー。
      Amazonで調べてみたら、加古さんのインタビュー本というのがあるらしいです。
      ちょっと読んでみたいです。

288 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/29(土) 01:41:11
( ´_ゝ`) だ、だぶりが怖くて古本が買えるかァーー!!!

289 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/29(土) 02:24:27
( ´_ゝ`) メモ:ttp://www.ubu.com/sound/sch.html
      ミュージック・コンクレートの創始者、ピエール・シェフェールの主著
      『Solfege de l'objet Sonore』の音読。

      ていうか、ここの母体サイトすごすぎる。
      ttp://www.ubu.com/
      コンセプトは、こんな感じ。
      UbuWeb is a completely independent resource dedicated to
      all strains of the avant-garde, ethnopoetics, and outsider arts.
      ものすごいアーカイブだ。腰が抜けた。

290 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/09/30(日) 20:19:52
( ´_ゝ`) かぜをひいたようだぐあいがわるい。
      大河ドラマを見ても、「お、学徒出陣」みたいなネタしか思いつかない。

291 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/02(火) 00:16:07
( ´_ゝ`) 腹が痛いので、ひたすら怠けている。眠りが浅いので、変な夢も見る。
      大宇宙の神秘を前にして目眩を覚え、ぶっ倒れた僕は、神様に助け起こされて
      歯磨きをしていた。神様は黒人のおっさんで、とても親切だったのだ。
      連れて行かれたのは、なんだかメルヘンな内装の洗面所だったのだが、
      ふと鏡を見ると、そこに映ったでかいティーカップのなかで、
      白いウサギのぬいぐるみが書類の山を捌いたり、電話をしたりして、
      忙しそうに働いている。だが、振り向いて見ると、ウサギはぴくりとも動かずに
      澄ましてそこにいる。向き直ると、また一生懸命に仕事をしている風情。
      変だなあと思ったので、ぬいぐるみの持ち主で、そのあたりを片していた
      とてもかわいい女の子(十歳くらい、フランス人らしい)に、
      「あのウサギってさ」と言いかけると、チラっとぬいぐるみを見やってから
      クールな感じで「役所仕事してる夢でも見てるんでしょ。」と答えた。
      ウサギの夢が鏡に映っていたわけか。クレバーな子だな、と思った。
      その答え方が気に入ったので、何か不謹慎なジョークを言って
      歓心を買おうしたところで、眼が覚めた。
      ちなみに、倒れる前にはジャック・バウアーにも会いました。声は吹き替え。

292 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/02(火) 20:27:38
( ´_ゝ`) 今日の夢は、パイレーツ・オブ・カリビアン。
      帆船が全速力で港に突っ込んで大破しておった。スペクタクル。
      ちゃんとジョニデプと同じテーブルでご飯たべられた。
      少しずつ回復しているらしい、楽しい夢になってきた。
      あと、駅前にファミマが出来てた。携帯用の断熱マグみたい容器を
      お客に買わせて、飲み物は店員がそれに注ぐというシステムになってた。
      いやもちろん夢ですけど。

293 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/03(水) 01:10:43
( ´_ゝ`) 他の人がやってるの見ると、ありゃーと思うことでも、
      気付くと自分でやってたりするから、言行の一致ってのは
      ほんとになんぎなしごとだなむにゃむにゃ。

294 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/03(水) 18:46:40
( ´_ゝ`) ラノベ読んでみて分かったのは、自分には運動とか光景を描写する
      視覚的な文章を理解する能力が圧倒的に欠けている、ということであった。
      読書の速度がある箇所に来ると落ちる。いやでも、個人的能力の問題なのだろうか。
      普通の小説の風景描写はあまり気にならない(気になることはなるので能力の
      問題は確かにあるんだけども)ということは、何か特別な文体上の仕掛けが
      あると考えた方がいいのだろうか。読みやすいというのは、やっぱり慣れがある
      からで、慣れがあるというのは、ある種の約束事に従って書かれているということ
      にもなるだろうから、この仕掛けはそういう約束事から外れているということか。
      この前、古井由吉の本を読んでいたら、場面転換の箇所なんかが文の破綻する
      ところで、破綻を食い止めるにも約束事に頼ることになってしまう云々と
      書いてあって、確かになるほどと思ったんだけども、ラノベを読んでいるときの
      速度感覚からすると、破綻というか、個人的には速度が変化するときがあって、
      ブロックごとに別れているのが身体的に分かる。あと、映画でいうカットバック
      みたいな書き方があって面白いですね。語りにおける時間把捉方法が特徴的なのだ。
      思考と身体の運動を微分化して交差配列させるっていうかそんな感じっていうか。
      そういうこともあって、全体的に言うと、映像化しやすそうだな、ということ
      を感じたんだけども、そうすると普通の小説の風景描写って映画的な風景描写と
      違うことになるわけで(当然と言えば当然だけど)、それってそもそも
      どういうことなんだろうか。それも、語りにおける時間把捉の方法から考えると
      なんとなく掴めるんだろうか。話法の分析とか色々。よく知らないけども。

295 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/03(水) 18:52:49
( ´_ゝ`) マンガについてだったけども、これとかどうだろう。
      ttp://www.cc.rim.or.jp/〜deltelta/nakai.html
      あー、あんまり読んでないし難しいけど、中井久夫さんの本は面白いと思います。
      しかし面倒な話ではある。頭のどこかに置いて、あとこのトピックは放っておこう。
      というか、ラノベって一括りでいいのかそもそも。判断するには量が足りない。
      停止、停止。

296 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/03(水) 22:11:45
( ´_ゝ`) メモ:LF, Didascalies.
     「2005年夏、LFは一つの古いスコア、Ttl3 を、LMCで録音するため取り出してきた。
      実際のところ、『スコア』というのは三つワンセットのルールだ。
     『第一の法則、それはシンプルなものだ。各演奏家は、後でまた出てくる
      音響体を組み合わせた一つのサイクル、持続、無音状態を選び出して、
      それを繰り返す。第二の法則、連続して録音されたサイクルを組み合わせると、
      そのぶつかり合いで、演奏家が自分のもともとのモチーフを変えたいと思わせ
      られる。第三の法則というのは、ないよ。』」

297 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/06(土) 02:32:09
( ´_ゝ`) 考え中。

298 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/07(日) 01:50:22
( ´_ゝ`) そんなことより皆の衆、『大人の科学マガジン vol.17 テルミン』。
      増刷ですよ!付録にテルミンついてきますよ!予約しちゃったよ!
      ttp://otonanokagaku.net/magazine/vol17/index.html

299 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/07(日) 05:34:26
久しぶりに覗いたアマンゾで、やたら見かけるなーと思ったら。
ミニテルミン付きだったのかあ…ハァハァ
と言いつつCD持ってるけど、なんか怖くてあんまり聴いてません。
歯医者思い出したり、鳥肌出たり

|ω・)っd■ でもやっぱ小さくて可愛いなー


300 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/08(月) 01:21:13
( ´_ゝ`) 演奏を始めるときと終えるときが、ひとしお歯医者感に溢れてますよねっ。
      アンプつなぐと結構でかい音も出るみたいなんで、楽しみです。
      けど、予約殺到してるみたいだし、ほんとにちゃんと届くんかなこれ…

301 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/08(月) 23:09:47
( ´_ゝ`) なにゆえ東独出身者は、押しが強く、声がでかいのか。

302 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/09(火) 22:54:35
( ´_ゝ`) 討論とかシンポを盛り上げるには、いろいろテクニックがいる。
      当然のことながら、データの是非は最低条件だから盛り上がるものじゃない。
      下手に始めると水掛け論になるし、無視できる範囲なら指摘だけして後回しでよし。
      無視できない範囲なら、そもそも話にならないから、これは考慮せんでよろしい。
      アイディアの芽を伸ばすのが第一の目的に据えられる場合には、たとえば
      当たり前のことを聞く、発言者の発言を繰り返す、宙づりの前提を捕まえて
      説明を求める、わざと間違ってこちらから宙づりを作る、同じ前提から
      推論をずらして違う結論を出してみる、文脈の置き換え etc. の小手先技が。
      同じ関心を持ってる人間なんてほとんどいないし、たとえいたととしても
      焦点のあて方が全然ちがったりするから、要はそういう微妙な関心の違いを、
      まずははっきりさせ、次いで発展させ、最終的には合意を得ずとも、
      双方が双方にとって有意義な結論を導きだせるように話を方向付ける、と。
      一番必要なのは、参加者全員のサービス精神なのかもしれず。でも、サービス精神
      もってる人間は少ないので、持ってる方が割を食う場合が極めて多いことは
      覚えておく、と。欲しい答えは与えられないのが普通なわけで。それに、
      答えないというのが正しい答えである場合もあるから、そういう答えが出てこない
      ように気をつけて、周りから出てきちゃったら何とかする。できれば。

303 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/09(火) 23:03:23
( ´_ゝ`) 寸暇を惜しんでほにゃらら。

304 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/10(水) 02:32:36
( ´_ゝ`) まあ、会の性格にもよるか。
      なんかカウンセリングテクニックみたいだな…
      わざと間違ってとか、そんな高度な技つかえないし。

305 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/10(水) 19:57:49
( ´_ゝ`) 「現代の映画作りにおいては根気がなくなってしまいました。根気こそ職人仕事に
       必要なものです。どうすればうまくいくのか、こうしたほうがいいのか、迷う。
       そしてうまくいく方法を探すこと、これが職人の仕事です。いま人々は何も
       探せなくなってしまいました。何もかもがもうできあがっているからです。
       すべての映像も感情ももうできあがっている。それを見て感じて、また見て、
       と繰り返すだけです。今日映画作りを志す若者にとっては、すべてができて
       そこにあるのと同時に、彼は何ももっていない。(…)若者たちの目や視線に
       あまりに多くのものが呼びかけてくるから、そのために彼らはなにを選んで
       いいのかわからない、選べないという悲劇的な状況にあるのです。そして
       結局若者が不適切な選択をしてしまう可能性があるのです。それは彼らが小津
       を見ていないから、小説を読んでいないから、(…)すべてが同じところに
       通じます。(…)注意を払ってそうしたものに触れる。「注意」という言葉は
      「情熱」と同じです。注意と情熱をこめて、そうしたものに触れなければいけない。
       もう私は若者たちがわからなくなってしまいました。私がわからないのは彼らの
       怠惰さです。映画を作ろうと思っているのに、なぜ怠惰でいられるのか。」
                                 ――― ペドロ・コスタ

306 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/10(水) 20:36:48
( ´_ゝ`) 映画作りのひとじゃないけど、ごめんなさい。って感じで。
      歴史にリファしないひとだと気にならないのかもしれないけど、
      いったんリファしはじめると逆に、いるものといらないものの選別に
      余計な時間がかかってる気はする。情報量は増えてく一方だし。
      最初から基準が分かってるなら、全体が見えてるのは利点なのかもしれないけど、
      感情教育とか基準定めながらだと、サンプルが多すぎて苦労する。ってことかしら。
      古典正統が欲しいとなるのも致し方ない、と。ペドロ・コスタが頑固教師に
      なるのも仕方がない、と。頑固教師を疎ましく思うのも分かるけど、
      こういう人間から得られるものがあるとしたら、閉塞した基準による固陋さ
      じゃなくて、身につけた基準から対象との相容れなさを正確に測る誠実さだ、
      というのははっきりしてる。

307 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/13(土) 00:18:54
( ´_ゝ`) というか、コスタさんは、、、なんというか、言える言葉がないけども。
      ほんとにすばらしい教育者だと思った。
      そして多分、ものすごいアジテーターだ。

308 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/13(土) 14:02:00
( ´_ゝ`) それにつけても、盛り上げる方策なんて詰まらないことを
      考えてしまわざるをえないことが、まことに腹立たしく情けないのである。

309 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/14(日) 03:36:10
( ´_ゝ`) 毎週のように、同じ時間、同じ路地で、同じおばはんの自転車に
      轢かれそうになってることに気付いた。

310 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/15(月) 05:50:13
( ´_ゝ`) 大谷能生『貧しい音楽』、ぱら読み。うむうむ。
      「言語の物質性」ってやつを言い立ててた人たちのことを思い出すのであった。
      キモは、この物質性がマシーンによって記録されることで、
      ようやくはっきり見えてくるというところか。これはちょっとした逆説。
      たとえば、彼らは映画を論じるときは、「映画の物語ではなくて、
      光と影だけを見る」とか言う。音楽についても、「物語性のあるメロディー
      ではなくて、音そのものを聴く」とか言う(そういえば、ペドロ・コスタも
      ドキュメンタリー映画を「撮られている内容」に沿って見ることの不毛を
      述べていたが、思想的系譜から言って頷けるものがある)。
      「物語」というものは、人間が把捉しなきゃ現れてこないものだけれど、
      マシーン上に記録された「光と影の運動」とか「音そのもの」は、
      「光と影」、「音そのもの」以外のなにものでもない、とか何とか。
      で、そういう「光と影」とか「音そのもの」ってのは、それがこの世に現れたとき、
      その一瞬にしか現れない「一回的なもの」だ、と。
      しかし、通常、人間がそれを把捉するときは、例えば、ある光と影の連続を
      <恋人の愛撫>として、ある音を<カモメの声>としてetc.という具合に
      <何か>として物語に回収して把捉している。
      そして、その「〜として」ということが可能であるには、前に何か見た事の
      あるもの「として」とか、前に何か聴いたことのあるもの「として」というふうに、
      一回的なものではなくて、「反復されたもの」として把捉されるわけだ。
      こういう「〜として」構造を外し、物語を外すと、物質性があらわになる。
      それは、ほんとうは一回的なものだ。あるとき、ある瞬間にだけ、
      光って、鳴った、ある物だから。

311 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/15(月) 05:52:40
( ´_ゝ`) ところが、この一回的なものは、最初に言ったとおり、マシーンによって記録された
      ものだ。だから、機械的な反復が可能になる。物語における反復性とは違う意味で、
      そこには反復可能性がある。とすると、「一回的なもの」は「反復を可能にする
      マシーン」によって、はじめて知覚可能なものになった、ということになる。
      つまり、この世に現れる一回きりの出来事は、実はマシナリーな反復によってしか、
      目に見えず、耳に聴こえない。というわけで、逆説。

      それはそれとして、物語を外すような作品ってそもそもどういうのか。
      映画の例として挙げられてるのが、ゴダールであった。あと、無声映画が大事だと
      思うわけですな、大谷さんは。音楽としては、たぶんミュージック・コンクレート
      が大事だと言ってるわけだろう。なぜか。
      まずゴダール。彼は80年代になってから、いわゆる「ソニマージュ」を始める。
      ふつうのトーキー映画は、映像と音が一対一対応してる。それは、われわれの
      日常的な知覚と同じだから、ある意味が見えてくる。物語が立ち上がる。
      でも、ゴダールはそれを外す。映像と音を細切れにして、対応しないように
      くっつける。これで、何いいたいかわかんねー、という状況が現れる。
      そうすると、無声映画とミュージック・コンクレートは理の当然としてこうなる。
      それぞれ、音情報を欠如した映像情報と、映像情報を欠如した音情報の、
      切り貼りである、と。完全に「わけわかんねー」状態になるわけですか。
      というわけで、これが物質性を裸出させるひとつのやり方で構成された作品だ、
      という感じだろうか思わずまとめてしまった。

312 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/15(月) 06:02:19
( ´_ゝ`) いやそうすると、物語性ではなく物質性に依るコスタが、ドキュメンタリーに
      おける「音」について述べたというYIDFFでのレクチャーに出られなかったのが、
      残念無念であると地団駄踏んでる間にも日の出の時刻が来てお米が炊けました。

313 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/18(木) 19:52:35
( ´_ゝ`) この時期の海が一番すきだなー。
      日の傾きと海の色合いと浜の寂しさがねー。
      夕暮れの時間が一生続いても、たぶん飽きないなー。
      この星がもっと小さければ、ちょっと移動しただけで
      ずっと夕方なんだけど。やっぱ飽きるかな。飽きない方がまずいか。

314 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/18(木) 19:54:55
( ´_ゝ`) 疲れたなー。

315 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/19(金) 21:28:20
( ´_ゝ`) 十数年前に足繁く通っていたわけでもなく、通りかかるだけではあったけれども、
      やはり気にかけてよく足を向けていた犬のいる町工場には、その頃は空色の三角巾に
      前掛けをつけた女工さんが、朝に学校へ向かうときも、夕に学校からひけてくる
      ときも、何やらレバーのいっぱいついた機械を一心に回していたのだが、道々に
      大型ショッピングモールができたせいで地元の商店街が潰れたんだか、商店街が
      つぶれたからモールができたんだかをやっているうちに、こっちは学校に行かなく
      なってしまうし、女工という言葉も虚しく響くようになるしで、犬は死んだ、
      工場は潰れた、今や見事な廃墟である。
      田舎の寂れ具合は一夕にして蒼海が桑畑に変ずるがごとき勢いであって、もう十年
      せずとも放っておけば田は荒れ畑は枯れて、人跡稀なること6000年前と変わらぬ
      荒漠にならんかな、妙な人為が加わらずとも収入減を断たれた町だか村だかは早晩に
      破綻せんかな、といった趣き。ひとがいないところよりもひとが消えたところの方が
      沈黙は凄まじく膨らんでいき、そういう妙な緊張感に満ちた宵闇を透かして、遥かに
      流れて行くがいっかなこちらへ寄り付きもしないヘッドライトやらテールライトやら
      見やるごとに、これはもう誰がというわけでもなく、穏やかな滅び方を学ぶ時期に
      立ち至ったのではなかろうかとさえ思い、埒もなしと打ち消す一方で、何とも
      言えない快感が湧き上がるのを押止めることもならない。

316 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/19(金) 21:48:27
( ´_ゝ`) 四十九日を過ぎないうちは山門の内に入るを許さず、ということを真に受けて、
      友人が詣でる背中を見送りつつ、もう入り込んだ茶屋のなかで炬燵に丸まっている。
      甘酒と握り飯をあてがわれて、廊下越しに外を眺めれば雪がちらつく。どうやら
      自分を探している者がいるらしい。放っておけば店の者が呼びに行くことに
      なっているから、こちらは眠たい目を床の間にやって、そこでようやく欄間に
      掲げてある御真影と陸軍の軍装に身を包んだ男の姿を認める。朝の座敷のぼんやり
      した薄暗がりのなかで、ここでも時間が滞っていた。

317 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/21(日) 01:09:20
( ´_ゝ`) 大人になってよかったなーと思うのは、マンガの一気買いをするとき。
      『BAMBOO BLADE』読んだ。女子の袴はよいものだ。うむ。
      部屋の中で竹刀ふって電灯ぶっ壊す場面があったけど、アレは覚えがある。
      大晦日の大掃除やり遂げた後、一通り片付いたし、一年のシメにしゃきっと
      素振りでもすっかー。と思って、竹刀とって、振りかぶって、そして泣いた。

318 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/22(月) 22:06:34
( ´_ゝ`) はァー、ひさかたぶりに走るとしんどいー。
      膝がパキパキいうの、何とかなりませんかのう。
      筋肉つければ改善されるのかしらん。

319 : ◆ossarnduI6 :2007/10/23(火) 00:35:53
'[osn]_
( ・_・) >>317 部屋を改装してもらうときに
     本格的な洋間が希望だったので
     3個の丸い蛍光管にぼんぼり様の覆いが付いた
     照明器具を取り付けていただきました
     天井の高さを考慮に入れるべきでした
     (普通に立って手を伸ばすと届く)

320 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/23(火) 20:58:39
( ´_ゝ`) 電灯とりかえるのは楽そうですねw
      まー、得物ふり回しさえしなければ、
      天井の高さは普段あんまり気にしなくて済みそうな気も。
      やっぱでも圧迫感とかあるのかしらん…

321 : ◆ossarnduI6 :2007/10/23(火) 23:25:52
'[osn]_
( ・_・) (普通に立って手を伸ばすと届く)
     は、天井の高さ
     つまり、ぼんぼりの底が頭のてっぺんより下に・・・
     (;;)ウフフ

322 : ◆ossarnduI6 :2007/10/23(火) 23:48:57
'[osn]_
( ・_・) 解りにくいかも知れないけど
     築140年くらいの農家を改装したもので
     私の部屋は母屋と土間を挟んだ厩に当たる場所らしい
     構造上、天井は土間の続き、床は母屋に合わせしかなかったらしい
     普通の和室の壁を思い浮かべて
     押し入れの上の天袋が無い、くらいの感じ
     もうちょっとは、あるかもね(^o^;)汗

323 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/24(水) 20:44:21
( ´_ゝ`) あ、それは確かに低い。座敷だったら生活の目線低いんで、
      あんまり気にならなかったかもしれませんね。
      せめてフロアランプとかにしとけばよかったですな…。

324 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/24(水) 23:29:46
( ´_ゝ`) 「夕方つていうふのは寂しいんぢやなくて豊かなものなんですね。それが来るまでの
       一日の光が夕方の光に籠つてゐて朝も昼もあつた後の夕方なんだ。我々が年取る
       のが豊かな思ひをすることなのと同じなんですよ、もう若い時のもやもやも
       中年のごたごたもなくてそこから得たものは併し皆ある。それでしまひにその光が
       消えても文句言うことはないぢやないですか。そのことだけでも、命にしがみ
       付いてゐる必要がないだけでも爽やかなもんだ。」
                         ―――吉田健一『旅の時間』「航海」

325 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/26(金) 22:09:55
( ´_ゝ`) 『精霊の守り人』を見てて思ったんだけど、状況がまだよく分からない段階で、
      これから旅装ととのえて旅に出ますかね、と言ってる矢先にねぐらが敵に襲われ、
      出先から着の身着のまま出発、っていうパターンがいいですねー。
      いやもう単純に好みの問題ですけど。『指輪物語』の出発の経緯なども想起。
      『精霊』の原作者は文化人類学者だそうだけど、やっぱり構造分析やるだけあって、
      自分で神話体系つくるのもうまいのだろうなあ。ストーリーを動かして行くのが、
      こんどは逆にその体系をほぐしていく作業だってあたりも、餅は餅屋。な感じ。

326 :しだれ ◆hWYXXKIsGM :2007/10/27(土) 11:40:43
(´∀`){餅屋も元々は素人
日々鍛錬

327 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/28(日) 00:32:51
( ´_ゝ`) 僕はお餅つくる仕事より食べる仕事の方が好きですっ。
      お餅屋さん修行者には、レンジでチンする物語論、
      ウラジーミル・プロップ『昔話の形態学』がお勧め。
      いや読んでないけど。いま一通りめくった。面白そうでしたw

328 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/28(日) 01:05:14
( ´_ゝ`) メモ:「チン○をなでられたら律義に勃起するのと同じ精確さで(当社比)」
         ttp://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/blacklagoon.html
         いつか使う(嘘
         それはそれとして、>119-120。

329 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/28(日) 22:00:00
( ´_ゝ`) セブンイレブンに行ったら、マルタイ食品の博多とんこつラーメンが売っていた。
      聞いた話では、マルタイ食品のインスタントラーメンってのは博多っこの
      ソウルフードなんだそうですが。同じ会社の棒ラーメンってのも食べたこと
      ありますけど、なかなか美味しかった。そして、乾麺なんですね。珍しい。
      今回のとんこつラーメンは普通のカップ麺でしたが、まあ味もそこそこ。
      にしても、お湯いれてから出来上がりまで90秒って、早いなー。

330 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/10/31(水) 22:34:31
( ´_ゝ`) いとうせいこうとサエキけんぞうが並んで夢に出て来た。ハアハア。
      これにテイ・トウワが並べば、マッシュルーム+セルフレーム三羽烏。
      ttp://www.iwanami.co.jp/agora/data/pamphlet/images/p_ito.jpeg
      ttp://www.otokotohiroba.com/media/1/kenzo.JPG
      ttp://images.amazon.com/images/P/B000006ZR4.09.LZZZZZZZ.jpg

331 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/07(水) 22:59:21
( ´_ゝ`) 貝にあたった。死ぬかと思った。

332 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/07(水) 23:26:27
( ´_ゝ`) ttp://www.myspace.com/nikosveliotis
      David Grubbsとの共演ではじめて知った。すごくよかった。

333 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/09(金) 21:07:24
( ´_ゝ`) ttp://www.goningumi.com/
      『メルボルン1』の次は、『イルクーツク2』であった。
      今年は文学フリマに出なんだか。

334 : ◆ossarnduI6 :2007/11/10(土) 03:39:21
'[osn]_
( ・_・) 先週今週とTVで「ボーンアイデンティティ」の映画をやってた
     最近の米映画には珍しく、例のSFXびっくり箱的演出は無かった
     一作目に出てきたおねいさんが、2作目でいきなり事故死した
     のは、とても残念だったが、話の成り行き上
     あれ以上キャラクターを作り込むと、かえって違和感が出るのかも知れない
     しかし、そこまで気を遣って制作した作品にしては
     古株の幹部が証拠隠滅工作、バレたら自害
     話の作りが、おそ松だ、チビ太だ、イヤミだ、シェーだ!
     取り敢えず、3作目はDVD買った誰かに借りて見る

335 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/10(土) 21:49:03
( ´_ゝ`) 『ボーンうんちゃら』シリーズはまだ一作も見てないんですが、
       最新作って今日が封切りだったんですね。
       前のやつテレビで見れるなら、見ときゃよかったなー。

336 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/10(土) 22:22:21
( ´_ゝ`) 諸々押し迫って、読むべきものしか読めない今日この頃。
      でも、ちょっと前まで、古井由吉の短編をいろいろ読んでた気もする。
      忙しいと、たった数週間前のことでも、数ヶ月前のことに思えてきます。
      ああ、図書館の延滞資料も返却しなければ。ちょっと気が早い話ですけど、
      年の瀬が近づくと、どことなく煽りくらってバタバタしますなあ。

      メモの1:今年の酉の市は、二の酉まで。明日11日と、23日。

      メモの2:ttp://jp.youtube.com/watch?v=A9MsykmFp2k
      perfumeとcherryboyfunctionのマッシュアップ。よく出来てる。
      パフュームのチラリズムCM、こないだようやっとテレビで見れました。うんうん。

337 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/14(水) 16:01:57
( ´_ゝ`) 本日の慨嘆:休暇は素晴らしい。

      メモの1:ttp://www.muzie.co.jp/count/
           ミックミクなことになっておる。声の複製芸術化というひともいたが。
           帰結を見極めがたい。それしても、このコントロール欲求は。
      メモの2:「調教」のことを仏語ではドレサージュdressageと言うのだけども、
           英語でいう服を着せるdressのニュアンスと相まって、
           エロさの方向性がそこはかとなくボンデージに引っ張られる。
      メモの3:ところで、初音みうというタレントがいて、たまに広告で見かける。
           何かしら割を食ったのではないか、と気になる。
      メモの4:ノックス/マーレー『軍事革命とRMAの戦略史』。
           資料として。Amazonで見るとマクニール本にリファがあるけど、
           彼の『世界史』はとてもよい本だった。気がする。
      メモの5:酒屋で酒粕を買うこと。

338 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/17(土) 03:26:08
( ´_ゝ`) 中古CD屋なぞに久方ぶりに行ってみましたらば、
      暴力温泉芸者の昔のCDなぞ売っておりましたので、
      僭越ながらさっそく保護して参りました。ありがとうございました。
      ttp://www2u.biglobe.ne.jp/〜calvino/vog.htm

339 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/19(月) 23:21:35
( ´_ゝ`) 中原昌也が野坂昭如の曲をカバーしてるんだなあ、と思うにつけ、
      やぶれかぶれと含羞の同居であるとか、才能のマルチな在り方であるとか、
      まあ、名前の流通範囲に関しては量的にも質的にも段違いであるにも関わらず、
      ちょっと似た立ち位置にいるのかもしれない、と考えたりするのだけども、
      黒眼鏡でポーズをとる野坂の姿を思い浮かべると、それが徐々に変化していって、
      最終的にはたむけんになる2007年の冬の日であった。

340 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/19(月) 23:29:58
( ´_ゝ`) 今年の寒さと腰痛は相伴って格別。

341 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/21(水) 20:34:25
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=pwrkO8H8i0Y
      のぉりた〜ん!超いい声。
      黛敏郎の前フリでこの歌きくと、なんかちょっと物悲しい気分になるなあ。

342 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/23(金) 18:56:15
( ´_ゝ`) 一ヶ月ちかく、ぼんやり過ごしている。あんまり頭が動かない。
      ttp://www.nhk.or.jp/nippon-genba/200711.html#1122
      昨日は夜中にテレビをつけてみたんだけど、こういう番組をやってたので、
      思わず最後まで見てしまった。いわゆる「特殊清掃」の類いなんだろうが、
      あれよりは生々しくはないようだった。ただ、ナマ仏を拝むことの大変さは
      まあエラいものだろうことは了解するけど、それとはまた異質な大変さというか、
      遺物から記憶を読取る傾きのある人間にとっては、後々に及ぶ、人間の世界への
      相対し方への影響というのがありそうで、胃のあたりに何かがしこったのでした。
      くる話くる話、みな孤独に死んでいった人間の見本市みたいなもんで、しかも
      世相が移っていくに従って、その見本も種々に移り変わっていく。そのうち、
      世にあるものが遺物の山にしか見えなくなっていくのが仕事であるなら、
      というか「仕事」でなければ受け入れがたいものならば…、という感じで。
      一晩寝て、ふと本棚を見たら、P.オースターの『孤独の発明』が目に入って来て、
      そういえばこれにも、孤独死した父親の遺品を整理するくだりがあったな、と思い、
      いまパラパラめくっておるところです。この手の話題について考えるべきことを
      情緒が邪魔をするのは、ひどく腹が立つことだ。

343 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/25(日) 16:40:21
( ´_ゝ`) ttp://www.youtube.com/watch?v=46wrdGmz-xM
      Christian Prommer's Drumlesson。うー、わんわん。

344 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/26(月) 01:49:04
( ´_ゝ`) オースターの本を読んでいて初めて知ったのだけど、アムステルダムでのデカルトの
      住居と、アンネ・フランクの隠れ家は、中庭を挟んで向かい合っているのだそうだ。
      なんとも奇妙な縁で取り結ばれたものだ、これはオースターの言葉を借りるなら、
      「ある意味では、すべてのものは他のものの注解として読むことができる」、
      その注解を待っている関係なのかもしれない。ここで注解すべきものとは、
      もちろん両者のひきこもり方であり、オースターの横滑りしつづけていく思索の
      例に倣って、それを「孤独」の有り様と呼ぶことも可能なのだけれども、しかし、
      もう少し話を別の方向にひっぱっていくなら、中庭を挟んだ両者は、ある種の
      「自由」の、それぞれ積極的な側面と、消極的な側面とを表現しているのでは
      ないだろうか。これを、あるひとの言葉を借りて、「孤独であること」と
      「見捨てられてあること」の対比である、というなら、自分のぼんやりとした
      考えにも、ある程度の道筋をつけられたことになるだろうか。

345 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/26(月) 23:52:40
( ´_ゝ`) まだ十一月だというのに、今年も高島暦を頂戴しました。ちょっと早い年末気分。
      「黙って座ればぴたりと当たる」ってやつですね、高島易断。
      この手の暦を出してる高島云々という団体はいくつかあるのだけど、うちには
      神正館というところで出してるのがくる。どういう経路でやってくるのかというと、
      新聞屋さんがほいほいと配って歩く。ちょっと離れた地区では、その辺りにある
      神社の神主氏がほいほいと配って歩くらしい。ふーん。
      九星によって一年、月ごとの運気の廻りを解説してるところがあって、すばらしく
      味のある絵が載ってるんですけど、これって誰が描いてるんだろうか。気になる。
      あと、いまどき「方違え」もなかろうに、陰陽道由来の祟り神の遊行日が詳しく
      書いてあったりして、ペラペラめくってるとなかなか面白いです。
      あ。奥付みたら、五月に刷り上がってる。ということは、たぶん今頃は
      平成21年の暦を書いてる頃なんでないか。鬼、大爆笑。

346 :老猿 ◆gG2PDturbo :2007/11/27(火) 09:49:55
親父が商売やってたんで、実家では毎年神宮館の立派な高島暦を買ってました。
読んだら面白いんですよね。
五黄殺とか暗剣殺とか怖そうな方位がたくさんあって
気にしてたらどこにも動けなくなりそうな感じで。

今年は神宮館創立100年とかで、300ページくらいあって表紙がゴールドの
スペシャルバージョンが出るので、買ってみようかなと思っています。

347 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/27(火) 20:58:02
( ´_ゝ`) あ、年末に本屋さんに並ぶ分厚いやつですね。<立派な高島暦
      商家のひとだと、いろいろ験を担ぐこともあるんでしょうなあ。
      金ぴかだと、なんかご利益?いっぱいありそうです。
      うちにくるやつはけっこう薄い冊子なんで、
      こんどそのスペシャル見つけたら、手に取って見てみます。

348 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/11/30(金) 00:31:15
( ´_ゝ`) 霜月も晦日になっちまっただよ。
      
      雪催 小家に住める 友ばかり
                  ――― 石田波郷

349 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/12/02(日) 03:38:42
( ´_ゝ`) 冬になるほど、夕焼けの色はまろやかになることが分かりました。

350 : ◆ossarnduI6 :2007/12/02(日) 04:55:03
'[osn]_
( ・_・) 冬の、真昼の晴天の、空の色の深さに感動した
     少年だった頃もありました

351 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/12/03(月) 00:13:36
( ´_ゝ`) そんなーじだいもーああーったねとぉー♪

352 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/12/03(月) 01:13:01
( ´_ゝ`) いやほら年末ですし的な。
      といっても、実際に年賀はがきのCMに中島みゆきが出てたのは、
      もうだいぶ前のことな気もしますが。

      今年は年賀状ださなくて済むなー。

353 :壁に耳あり、障子にメアリーさん:2007/12/03(月) 19:57:59
( ´_ゝ`) あんまり腰が痛いので病院に行ったら、椎間板が。
      それでも座業。どこまでつづくぬかるみぞ。
      若さを返せっ。

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